第2話『夢』
――何故俺ばかりが生き残る?
「隊長!
一人、また一人と部下が、倒れていく。
「隊長! こっちも重傷です!」
腕を失い、足を千切られ、眼球が零れ落ちる。
「隊長!! 隊長!! うわあああああああああ!!」
ユウキは、狼牙隊の名を背負った
刀を振るい、切っ先から放つ魔刃で敵陣を食い破る。部下を守るために、部下を家族の元に帰すために。数で勝る敵勢は、花一華ユウキに圧倒されていた。
迫り来る魔弾の群れを一振るいで消し去り、彼の繰り出す一撃はいかなる防御をも貫く。
花一華ユウキの伝説たる
しかしユウキもまた恐怖していた。敵にではない。自らの無能さが恨めしく、自らの弱さが恐ろしく、自らを罰するようにひたすら戦い続けた。
手負いの獣は凶暴だ。心に深手を負った狼ならば尚のこと。
満開の鮮血を戦場に咲かせながら、狼牙は夜が明けるまでひたすら獲物を貪った。
狼牙隊・第一分隊構成員十名の内、九名が負傷。うち四名は蒼脈師として再起不能であると医者から宣告された。
狼牙隊総隊長であり、師匠でもある桃木ロウゼンにユウキが呼び出されたのは、作戦の終結から一週間後の早朝だった。
戦場では鬼神と畏れられるロウゼンは、逸話通りの険しい顔立ちと身体つきだが、ユウキに向ける瞳に宿るのは、肉親に接するような慈愛の光だった。
「お前のせいではない。じゃが、今のお前に狼牙隊の分隊長を任せることは出来ん」
部下を全員負傷させ、自分だけが無傷で帰ってくる。
命を背負って立つ隊長にあるまじき行為だ。
「俺もそう思います」
器じゃなかった。
「分隊長なんて、最初から無理だったんです」
あの人のようにはなれない。
ならなくちゃいけないのに。
なるのが義務なのに。
「お前に第一分隊を任せてから二年間、一人の負傷者も出してはおらん。お前は隊長にふさわしい男じゃ。しかし今回の件を不問とするのは、何よりお前自身が自分を許せんじゃろう」
「はい……」
「
「はい。そうします」
花一華ユウキには、子供の頃からの夢なんてなかった。
だけど与えくれた人たちが居た。
その人たちのために、報いようとしてきた人生だったけれど、今ではこんな声が聞こえる。
――お前は、いつだって何も出来ない。夢なんて叶えられない。お前の望む何もかもが儚い夢だから。
――だから大切なモノを守れない。ほらあの時と同じ光景だ。
赤い水たまりが視界いっぱいに広がっていく。
この光景には見覚えがある。
そう、それは十五年前のあの時と――。
「うわあああああああああ」
自身の悲鳴に鼓膜を揺さぶられ、ユウキは飛び起きた。
血の海はどこにもない。十畳一間に必要最低限の家具が置かれている。
枕元には、学院の教職者の証である藍色の羽織が丁寧に畳んであり、狼牙隊時代から愛用している打刀が乗せられている。
溜息を吐きながら天井を見上げた。見慣れない天井の木目が困惑した意識を現実に引き戻してくれる。
「そっか。ここは学院の寮だっけ?」
幾度となく見た夢だった。
「今度こそ……」
見るたび決意を固め、
「今度もダメかな」
そして
「俺は……」
どうせ儚い夢なのだから、叶うわけがない。
いくら力を付けても肝心なところでつまづいてしまう。
夜眠る時が一番の幸せで、朝起きる時が一番の苦痛。
花一華ユウキの二十二年間の人生はその繰り返しであった。
今日も朝が来てしまった。地獄の始まり。生き恥を晒した野良狼の人生。
いっそ死ねたら楽なのかもしれない。だけどきっと許してくれない。
「だって俺は、背負ってるから。二人の夢を背負ってるだから」
歩みを止めることは許されない。
夢を諦めることなんてあってはならない。
託された人間には、夢を叶える義務がある。
「がんばらなくちゃ……がんばらなくちゃだよね」
さぁ行こう。
生徒たちはきっと疎んじているけど、
「教師になるのは、あなたの夢だったから。狼牙隊が中途半端になった今、あなたの夢だけは俺が叶えなくちゃだよね」
だから行かなくちゃならないんだ。
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