26話

 店主の吐き出される言葉に鈴が言葉を重ねていき、それにたいして店主は否定の言葉を述べる事無く更に言葉をならべていく。店主が微笑し、静かに低く大きな声ではないがこれまで以上に部屋に響き渡る声で私の方を向いていった。

「さて、今度が本当の最終問題です」

 最後といいながら再び突きつけられた問題に鈴はまだ自分には答えなければならないことがあるのかと少々身構える。

 鈴は店主の口元を見つめ、店主の口の端が動き出すのを見守った。

「貴女は幸せだと思いますか?」

 店主の口が動いて出てきた言葉は思いもかけない言葉。

 鈴はてっきり仮面の事かそれにともなう事柄かと思っていたのだが全然違って少々驚き、そして考え込んでしまった。

 幸せかどうかなど、自分で分かるものだろうか、と。

「どうしました?」

「私にはその答えはとても答えられそうにありません」

「おや? そうですか?」

「えぇ、だって、自分が幸せかなんて、今の私には全然分らないし、それを答えていいのかも分かりません」

 鈴は今の素直な気持ちをそのまま言った。

 別に「幸せ」だと頷いてもよかったし、「幸せではない」と否定しても良かった。でも、それは今の自分の気持ちとは違う様な気がして言い出せず、結局わからないという答えが一番今の自分に相当していると言葉にした。

 自分の答えに店主は苦々しい顔をするかもしれない。もしくは残念そうな顔をするかもしれない。でも、それが自分の答えだからしようが無い。

 瞳を閉じ、大きな息を一つ吐き出した鈴の耳に店主の言葉が入ってきた。

「それは、それは。いい傾向ですね」

 店主は白い仮面に笑顔を浮かべ、もう一方の顔は無表情のまま鈴に向かって手を差し伸べる。

「恐れ入りますが、御代をいただきたく思います」

 一体何が良いのか、それを聞こうと思っていたが、御代といわれて鈴は「御代って何のですか? 」と聞き返す。

 すると主人はちらりと視線を壁にやっていう。

「ここは仮面屋。慈善事業ではございませんので御代をいただきます。貴女の仮面の代金のことですよ」

 そういわれて鈴は顔を赤くした。

 当然といえば当然のこと。なのに何の御代かと馬鹿なことを聞いてしまったと思い「すみません」と謝った後、鞄をあさって財布を取り出した。

「あの、お幾らでしょう? 支払えれば良いんだけど」

 鈴が言えば、店主は首をゆっくりと横に振る。

「お金は要りません」

「え、でも御代って」

「当店の御代はお金ではなく、貴女の中にある仮面を一ついただきます」

 にやりと微笑んだ店主の右手が鈴の顔を前方から力強く鷲掴みし、鈴はびくりと体を跳ね上がらせそのまま硬直してしまう。

 一体何が起こっているのか、わからない鈴の顔面に店主の指がめり込み滑り込んでいった。

 状況が分からぬまま手首まで沈んだ店主の腕がはっきりと瞳に映りこみ、鈴は思わず叫び声をあげそうになったが、喉が閉じられたように声は出ず、されるがままの状態。

 震えが足先から上ってきたが、不思議と痛みは無い。

 暫く何かを探るように顔面に居座った店主の腕はぴたりとその動きを止めて徐々に引き抜かれていった。引きぬかれたその手には鈴の陰気に歪んだ恨めしい顔が写し取られたような仮面が一枚。

 あまりに醜いその仮面に眉を顰めていれば店主は輝かしく妖艶な笑みを浮かべて言う。

「美しいでしょう?」

 うっとりとその仮面を眺め、笑みを浮かべる店主に思わず背筋に悪寒が走る。

 妬みや恨み、全ての醜い負の感情がそこにあるかのように歪みきった鈴の厭らしいその顔が美しいと、店主はそういうのだ。

「あの、まさか御代って」

「えぇ、これです。これこそ私が貴女から欲しかった御代」

「それが? 本当にそれでいいんですか?」

 鈴は目の前に広がる異様な雰囲気の中、背筋に走る悪寒と恐ろしさに震える声を何とか押さえ込んで店主にそう聞くと店主は笑顔で頷く。

「えぇ、私はこの仮面が欲しかったのです。貴女のような良い子の奥底にある妬み恨み憎しみの歪んだ仮面がね」

 そんなもの、何処がいいのだろう? そう鈴が思っているとまるで、その考えを見通したかのように店主は口の端をにんまりと引き上げて「大切さが分るのはこれからです」と小さく呟き、左のポケットから小瓶を取り出した。

 思わず鈴は身構えてしまったが、店主はそんな鈴の行動を厭らしく笑って眺め、小瓶のふたを開ける。

 透明な紫色で、香水でも入っているような小瓶からは光を反射して輝く光の粒が飛び出し、風に乗るように鈴を包み込んだ。

 状況が分からず鈴が驚いていれば、店主は先ほど鈴から取り出した仮面をかぶり深く頭を下げる。

「この度はご来店ありがとうございました」

 一体何をしたのか聞こうと口をあけた鈴だったが、瞬く光の粒に包まれるほどに意識が薄くなっていくのを感じ、そのまま気を失った。

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