半ば強制的に聞かされることとなった女の瞳には少々の怯えが見えたが、マスターは気にすることなく瞳を細め、笑みを浮かべ、ゆっくりと口を開く。

「私は、貴女が嫌いです」

「は、はぃ?」

 説明しましょうと言って、開かれたマスターの口から飛び出してきた言葉。

 それは女にとってあまりにも意外な言葉だった。

 怯えてこれからどんなことを罵られるのかと心を不安で一杯にしていた女は、思わず言葉の語尾を上げ、素っ頓狂な声を上げてしまう。

 一体何を言い出したのか、そんな言葉が女の口元までやってきていたが、話しを続けるマスターにその言葉は吐き出されず、喉の奥にごくりと飲み込まれた。

「そうですね、どのくらい嫌いか。そう、聞かれればそれはもう虫唾が走るほどにと答えるでしょう」

 マスターの言葉に眉間に皺こそ現れなかったものの、女の口はへの字に曲げられ、不愉快さを表す。

「初対面の人にそこまで嫌われるような事を私はしたかしら?」

 確かに、この店に入ってきてからの自分の態度はなかっただろう。

 しかし、虫唾が走るほどのものだっただろうか? と女は不機嫌なままマスターに問いかけた。

 女の質問にマスターの頭は深く頷かれる。

「えぇ、嫌われるような事をその自動ドアから入ってきたときからやっています」

「え? 入ってきたときからって……」

「私は貴女の姿そのものが不快でなりません」

「私の姿そのもの、ですって?」

 女は自分の取った行動や、言動が原因でマスターがそのように言っているのかと思っていた。

 しかし、そうではなく、自分の姿かたち、見た目それこそが嫌いだといわれただ唖然としてしまう。

 そして女は、鞄から手鏡を取り出し、自分の姿を見た。いつも通りの化粧にいつもの格好、女にとってはそれこそ何が不快なのかが分からないいつも通りの格好である。首をかしげながら鏡を見ていれば、冷やかな視線を感じ、鏡を置いてその視線が送られてくるマスターの顔を見た。

「わかりませんか?」

 マスターの目は鏡を見ても分からないのかと呆れと嘲りを含んでいて、女は分からないというのが悔しく、黙ったままマスターを睨みつける。

「仕方ないですね。ご説明して差し上げましょう。私は貴女の、皺を埋めるように肌に塗りたくられた化粧品と、鼻が曲がるほどに体に振り掛けられた香水の匂い。そして、何より、容姿に似合わぬブランドづくめのその若者衣装。年齢不相応なその姿かたちが非常に不愉快です」

 先ほどまでは説明をしようといって、とにかく回りくどかったマスターの話だったが、今度はつらつらと饒舌に理由を述べた。

 そんなマスターの姿に女は驚き、何と言っていいのか分からなくなる。

 暫くの沈黙の後、何度かの深呼吸をした女は乾いてきた喉を自らの唾液で湿らせ口を開いた。

「人を、外見で判断してはいけないんじゃなかったかしら?」

 そう、それは数分前にマスター自身が言った言葉。

 女は揚げ足をとるようにその言葉を出しマスターに言った。しかし、マスターは頭を縦に動かして頷き「それはそうです」と肯定の言葉を吐き出す。

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