第2話
世界は思った程楽しくはないし、思った以上に退屈。
自分が学生だからそう思うのかもしれないし、自分の本質が世界をつまらなくしているのかもしれない。
俺は自分の現在の状況を面白く無いと思っていた。
やりたい事もない、俺に夢や希望という言葉は遥か対岸の言葉であり、そこに渡ろうとも思っていない。
現在の俺の立場はただの扶養家族。ゆえに、親に言われるまま、親の言う大学に行き、養ってもらっている対価として学生をやっているに過ぎなかった。
俺は自分の立場をよく理解しているし、自分というものをよく知っている。なのに人は皆、俺に好き勝手なことを言ってきた。
「まだ自分で自分の目標が立てられんとは。全く、それでも私の子供なのか」
厳格さだけは人一倍、さらに業突張りな親父はいつだってそう言って、俺を見下しているのがまるわかりな視線で見つめてくる。
あぁそうだよ、残念なことに俺はあんたの子供として生まれ出てきてしまったんだ。
「大丈夫よ、人は必ず何かをするために生まれてくるの。貴方はまだその時に出会えていないだけよ」
とうとう、宗教に没頭するあまりそういう志向になってしまったのか。まるで慰めるように母親は言う。
あんたの慰めなんてこれっぽっちもいらないが、仕方ないよな、あんな亭主を持てば宗教に逃げたくなったって当然だ。
「お前は良いよな、究極困ったら親父の会社に行くんだろ。なぁ、俺にもコネを回してくれよ」
ただ同じ学校で同じ時代に生まれただけの同級生。プライドも何もない連中を友人という位置に持ってくるわけがない。それに残念だな、俺はあんな奴がトップで座っている場所に行くつもりはないし、蔑みをたたえた瞳で俺を見てくるお前に何かを与えてやるつもりも無い。
本当に。ろくな事がない。
俺の日常というのはどうしてこうつまらないのだろうか。
家にいれば母親の奇妙な祝詞が聞こえてくる。新興宗教など信じない者にとっては奇妙なものにしか映らない。宗教に傾倒してしまっている時点で現実を直視していないのに、それで現実が救われると思っているのだからおめでたいものだ。かと言って、大学に行けば当り障りのない面倒な人付き合いを展開しなければならない。当り障りのない態度を取るのはより面倒なことを避けるためだ。
人というのは何故か何処であろうと、どんな世代であろうと、はみ出すものを爪弾きにして楽しむという性質がある。
現在俺が抱えている不機嫌さや不満をもって接すれば「圏外」として扱われ始め、最終的にはものの見事に多勢に無勢になってしまうのだ。孤独というものが嫌いじゃないし、どちらかと言えば好きな方、それで人が放っておいてくれるのならいい。しかし、得てして人はそうなったものを態々甚振り楽しむ方向に走って行く。
そうなると「孤独」では無くなり、俺の求めるものとは違ってくる。それが陰湿であればあるほど面倒は大きくなる為、俺は出来る限り大学では「学生」を演じていた。演じるというのは非常に精神を消耗する。だから俺は、別に己が行きたくていったわけではない大学には進級と卒業がちゃんと出来る範囲でしか行かない。
家に居る気にもならず、大学に行く気のない俺は、バイトがない時はかなり時間を持て余す。
友人と遊ぶなど面倒なことはしたくないし、目的などというものはそうそう毎日はっきりあるわけじゃない。
時間つぶしに何かしらの店に入ればいいのだろうが、できる限り金は使いたくなかった。
なぜなら、いつまでもあの面倒な家に居るつもりはなので、それなりに金は貯めておきたいからだ。当然、あの親父から与えられる金など興味はない。何より、養ってもらっている対価が奴の言う通りの大学への進学と卒業であるのに、それ以上のものをもらっても俺には払う対価は一切なく、奴の下で働くことが対価になるのだけは避けたかった。
そうなると選択肢は限られ、金のかからない公共の施設に入り浸るか、目的なく町を歩くか。
今日は御用達の公共の施設はやたらと人が多く、落ち着かないため町を歩いていた。人との関わりは最小限に抑えたい俺の足は自然と人気のない方向へと向かう。
静かな町中を暫く歩けば、こんな所にあったのかと普段ならば気づかないような小さな公園が目に入り、サビだらけのブランコに腰掛けた。
静かな空間にブランコの錆びた鎖の音が響き渡る。それはせっかくの静かな空間が俺によって崩されてしまったような音。そんな事を考えながら苦く笑いポケットからスマートフォンを取り出した。
道具さえあれば今の世の中、どこでも誰とでも繋がり、何でも手に入る。
たった数行で自分の行動や思考を駄々漏れにさせてしまっている場所が、今はいくつも存在していた。
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