10/2(金) 穂積音和⑤

 ベンチに座ってジュース飲んでると、ペタペタと足音が聞こえて視線を送る。廊下からいちごと音和が並んで歩いてきた。

 ベンチまで来て、俺と野中の間におじさんが座って談笑していることに気づき、音和は怪訝そうな表情を浮かべた。

 よし、おじさん行け!



「……」



 無言が続く。

 俺たちの間に微妙な空気が流れる。

 たまらなくなり、肘でこづいた。



「お、音和」



 やっと口を開いた。



「演劇、観たよ。……のびのびと楽しそうにしていて、嬉しかった。成長したね」



 言えたじゃん、おじさん!

 俺ですらちょっとジーンとしてしまうんだから、きっと音和の心にも届いたろう。

 これからもっと会話を重ねて、お互いをわかり合って、親子で支え合っていくんだ。音和。



「パパは……知ちゃんに言われて来ただけじゃん」



 ……あれ?


 よく見れば、音和はうつむいてぷるぷると震えている。



「パパは、行事とか今まで来たことなかったじゃん! 今日はどうせ知ちゃんに引っ張って来られただけでしょ!!」



 いや、それはお前だよ〜。



「確かに俺が誘ったけど、来たのはおじさんの意思だよ」

「どうせ暇だったからじゃん!」

「そんなこと言うなって」

「だって、パパ、あたしがクラスで嫌がらせされてたことも知らないでしょ! 楽しそうじゃないよ、楽しくなるまで大変だったんだよ!」



 いちごが後ろから音和の背中に手を置いた。その瞬間、せきをきったように音和は泣き出してしまった。

 こりゃやべえ。野中と顔を見合わせた。


 音和はひとしきり泣くと鼻をすすり、



「あたし虎蛇のお留守番だから」



 つぶやいて、きびすを返すと行ってしまった。残された俺たちの気まずさといったら。



「……そうだったのか」



 おじさんは頭を抱えてしまった。

 自分の子供がいじめられていると知るとそりゃショックだろうな。知らなかったこと自体もそうだろうけど。



「音和ちゃん、ちゃんと感情を外に出すようになったから。だからクラスでもうまく馴染めるようになったんです。今もきっと混乱しているだけだと思います」



 いちごがフォローしてくれるが、おじさんは凹んだままだった。



「僕は、家族として信頼がないんだろう。今までのツケが回ってきたよ。あれだけ逃げておいて、今さら親ぶるなんて、虫がいいよな……」

「それでも、おじさんは向き合わないといけない。家族だから。最初からどこにも逃げ場なんてないんですよ」



 弱音を吐くおじさんを、無理になぐさめるなんてできなかった。必然的に強い口調になってしまったが、そんな生意気な俺にもまったく反論することなく。



「そうか……」



 おじさんはそのまま考え込んでしまった。俺たちは顔を見合わせて困惑する。

 ふと、いちごが壁を凝視した。



「ねえねえ。だいぶ賭けなんだけど……」



 ちょいちょいと指差す張り紙を見て、すぐにいちごの言いたいことを汲み取る。


 俺と野中はニヤリとほくそ笑むのだった。

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