9/11(金) 部田凛々子①

「これはどういうつもり?」



 凛々姉の静かな声が虎蛇の教室に響く。俺の隣に座る音和は完全に固まっていた。



「チュン太。クラスと部活動の提出物、今日までって言ったわよね」


「でも凛々子さん。まだ今日が終わったわけじゃないし、これから持ってきてくれますよ?」



 詩織先輩が横からフォローしてくれるけど、凛々姉の怒りはおさまらない。



「これからって何時に? 今日まで出てないのに、その保証は? いいからこの状況、説明しなさい」



 凛々姉が俺をにらむ。クラスと部活動の出し物の希望を集めるのは俺の役割だからな。そんで、なんでか机の上には3枚の紙しかない。



「おかしいな、昼休みにほぼ揃っていたはずなんだけど」



 昼休み、集まった書類を確かめたときにはあと残り3つという状況だった。

 それで、俺たちが放課後に虎蛇に来てからその3つが届いたっていうわけなんだけど。元からあったプリントが、どこにも見当たらない。



「凛々姉も見ただろ? 昼にここ置いてたの」

「あんたが作業していたのは見たけど、それが出し物のプリントかどうかは報告を受けていないわ」

「おいおい、俺を疑うのかよ……」

「凛々子さん!」



 詩織先輩も声を上げて咎める。凛々姉は居心地の悪そうな顔をした。



「ともかく、ないと困る」

「部屋の中も探してみたけど、なかったね……」



 いちごもしゅんと小さくなる。

 クラス分と部活動分合わせてないのは32枚、か。それがごっそりと消えるとか、不注意でありえるのか?

 今から集めるとなると、部活動なら活動中のところに頭下げてもう一度聞けばいい。だけどクラスは? もうクラスの文化祭実行委員は帰っただろうし。



「とりあえず、聞けるところは聞いてくる」



 時間かかるけど仕方ない。地道に集め直すしか方法がない。



「知ちゃん、あたしも行く。これの係だから」



 音和が服の裾を引っ張った。その手から、震えが伝わってくる。



「ありがとう。聞き直せばいいだけだ。なんとかなる」



 音和の頭を撫でてやる。目を潤ませて見上げるそれは、チワワそのものだった。




………………


…………


……




 虎蛇を出てドアを閉めて、ため息をついた。

 スマン詩織先輩と七瀬、そしていちごよ。空気の悪い部屋を任せてしまって、気まずいだろう。なるたけ早く帰りますゆえ。



「どこから行くかなー、音よ」



 とりあえず。目につくサッカー部から回るか……。



「知ちゃん、あたし、文化部から行こっか?」

「おお、文化部から回るのか? 別にいいけど」



 珍しいな、自分から意見言うなんて。まあ確かに文化部のほうが帰るの早そうだもんな。



「オッケー、そうだな、じゃあ文化部の部室棟に……」

「だから知ちゃんは外回って?」

「……お?」

「ほら、手分けしたほうが、早いかな?って」



 !?!?!?!?!?

 お、音……和??



「えっと……。え、ひとりで? 大丈夫なの?」

「なんでそんなにびっくりしてる」

「だって、一緒に行く気マンマンだったから」

「遊びじゃないんだよ! 無くした私たちが悪いんだよ?」



 な、なにが起きたんだよ。天変地異ってこういうことだよな。

 青天の霹靂! 的な。



「正直、俺はだいぶ驚いていて、動揺している」

「やっ、やるときはやるのっ!」



 顔を真っ赤にして俺の胸元を叩いてくる音和。お前の攻撃など、自重攻撃以外はマッサージなんだよ。

 つか、こいつもがんばろうとしてるんだな。



「ひとりで本当に大丈夫か?」

「う、うん」



 不安だろうな……。



「なにかあったら電話するんだぞ。すぐに行くから」

「うん、だいじょうぶ」

「怒鳴られたり少しでも動けなくなったらワンコールでもいい、呼べ。慣れないことをやるんだから、失敗は当たり前なんだから」

「がんばるっ」

「うん。お前が俺ごときに遠慮するのがいちばん失礼なんだからな?」

「もーわかってるってば! 知ちゃんはパパ活の人か!!」

「てっめええー!?」



 ……本当は一緒に行きたい。心配すぎる。

 虎蛇の過失でプリントをなくしているから、相手にひどい言葉を投げつけられるかもしれない。素直な音和をできれば傷つけたくない。

 けど、こいつががんばるって言うんだから、俺が離れないと……。苦しいもんだな。

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