8/14(金) 月見里 蛍

 翌日、美原さんに連れられてほたるの病室を訪れた。

 ベッドの周りを片づけている男女に美原さんが声をかけると、二人は同時に振り返り、ぺこりと頭を下げた。

 この人たちが、ほたるという名前を付けた人。すごく優しそうなやわらかい人たちだった。

 ほたるはお母さんにそっくりだった。もし大きくなったら、こんな感じになってたのかな。

 微笑ましくて、悲しかった。



「あなたが小鳥遊くんね。娘が大変お世話になりました」



 お母さんの言葉に慌てて頭を下げた。



「こ、こちらこそ。お嬢さんにはたくさんのことを教えてもらいました……」

「ありがとう。あの子はあなたのおかげでとても楽しそうでしたよ」



 お父さんも寂しそうな笑顔を見せた。胸が詰まって、なにも言えない。

 ベッドサイドにふと、捨てたはずのマンガ雑誌が置いてあるのに気づいた。



「あんたとのデートの前日にゴミ捨て場から拾い戻してきたみたいよ」


「!?」



 美原さんの言葉に肩がぴくりと上がる。ちょっと、ご両親の前で……!?

 お母さんはふふと笑って、隣の雑誌を愛おしく撫でた。



「よかれと思って買ってたのに捨ててあるのに気づいて、本のせいであの子を苦しめてたって知ってからすごく辛かったわ。でもこれ、わざわざ取り戻してくれたみたいなの。小鳥遊くんのおかげで、私も救われました」

「連れ出したこと、本当に申し訳ありませんでした。怒られることはあっても感謝されることはないです。雑誌だって、俺のおかげとかじゃ……」

「女の子はね、マンガ雑誌から恋愛を学ぶのよ」



 にっこりと笑うお母さんの顔は、最後に覚えているほたるの顔とそっくりだった。

 よかった。笑顔のほたるがいちばん胸に残っていて。なんだよ、俺、泣いてるのかよ。






 その後、例の投薬治療を何度か行った。

 俺はもう、泣き言なんか言わなかった。

 たんたんと行い、じっと耐えた。

 野中は投薬で副作用が出ている日以外は会いに来てくれて、音和とはたまに電話した。

 そうやって、俺にとっての最後の夏が終わった。



 8月の最終日。退院は夜だった。

 玄関まで見送ってくれた美原さんが言った。



「手術。決心したら言いなさい」



 母親は驚いた顔をして俺を見た。俺は誰からも目を逸らしてうつむく。



「ねえ知。見て」



 母親が眺めている方を見ると、俺たちの住む街が広がっていた。



「すごいきれい。あの灯台なんか蛍みたいね」

「!」

「こんな景色が1年中見れるなんて、ここはすてきな街ね」



 振り返ると、美原さんは下を向いて震えていた。

 ……ほたる。

 お前はひとりだってずっと言ってたけど。

 俺たちの胸に跡を残しすぎだ、バカ。


 街の光は煌めいて。そしてその中でひとつ、大きく光ったり消えたりする光を見つめると、ほたるがやわらかく微笑む顔がはっきりと思い出せて。

 俺は少しだけ、心が揺らいでいたんだ。

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