7/19(日) 葛西詩織⑩

「……勝手に決めんなって」



 口を出すなと言われてたけど無理だ。だってそれが、先輩の本意だと思えない。



「それ本当に先輩がそうしたいって言ってるんですか? 俺たちだって、先輩が強くないのは分かってる。その上で、無理のない範囲で、先輩にはいて欲しいんです。先輩は虎蛇に必要な存在なんだよ!」



 大人たちは一斉に眉をひそめる。



「何を分かっているって? 詩織でなくても替えがきくだろう。……この家を貸したのは、たまにはと思っての我々の好意だ。もうこういったことはしないつもりだよ?」

「失礼だな、お金のためじゃないっての! 体育祭のとき練習用のコートを確保できたのは、洞察力のある先輩のおかげなんだよ! おっとりしてるけど鋭くて、わがままなメンバーの潤滑油になって、虎蛇会がまとまってる。先輩はあんたたちが思っている以上にすごい人なんだからな!」

「落ち着きなさいチュン太」

「だって先輩のこと、替えがきくなんて言われたくないんだよ!」

「……私たちは親です。あなたち以上に詩織のことを知っています。彼女の限界を見極めてあげるのも親の仕事なの。なぜなら、責任を取るのは親の役目。責任を取れないあなたたちが何か言う資格はないのよ」



 おばさんはツンとして、それでいて鋭い視線で睨んできた。責任のありかを問われると確かに俺たちにはないけれど、でも、高校生活って、自立をする練習なんじゃないのかよ。



「詩織」



 おばさんがぴしゃりと名前を呼ぶ。先輩は反射的に顔を上げるけどそれも一瞬、すぐに肩をすくめてまた手元を向いてしまった。



「私たちの意見は間違ってるかしら?」

「……」

「はいかいいえでしょう。難しい質問ではないはずよ」



 黙り続けている先輩に、おばさんのイライラが増しているのが伝わってくる。



「……ねえ、詩織」



 凛々姉がゆっくりと口を開いた。それに呼応して先輩は、凛々姉をすがりつくような目で見つめた。



「ご両親がおっしゃるように、あたしたちはご両親の決定には逆らえないわ」



 否定的な言葉に今度は、目に見えるほどガッカリと肩を落としている。

 そんな分かりやすい姿を見て、凛々姉は口角を上げた。



「でもね、ひとりだけ逆らえるとしたらあなたよ。あなたができるかできないか、なのよ」



 先輩はただただ、握りしめた毛布の一点を見つめている。



「あなたが虎蛇のこと、仕方なく付き合ってるんだったら諦めるし……」



 凛々姉は両親を一瞥して、



「頑張るというならあたしたちは大歓迎。全力であなたを守るわ、詩織」

「貴女はまともだと思ったのに、なんですか。いい加減にしなさい!!」



 おばさんはヒステリックに叫ぶと、ツカツカと俺たちに向かってきた。

 おっと!

 殴り合いにならないように、凛々姉の前にさっと立つ。



「わ、私はっ……」



 小さな声に、おばさんの動きが止まった。おろおろとしながらも、声を出したのはまぎれもなく先輩自身だった。

 先輩は恐る恐る、部屋にいる人の顔色をひとりずつ伺うように見た。

 そのうち俺とも目が合う。その顔はいつもより眉尻も下がってるし、唇の血色は失せている。

 そこで言葉を交わすことなく視線はゆっくりと移動し、最後におばさんにたどり着いた。



「お母さんごめんなさい。私……辞めません」



 それは震えてはいたけれど、とてもはっきりした意思表示だった。



「……!」



 先輩の言葉を耳にした両親たちは絶句していた。



「まさか……お嬢様が……」



 俺の後ろでも鹿之助さんの声がかすかに聞こえた。

 ……娘がちょっと自分の意見を言っただけでなんだこれ。この空気、おかしくないか?

 もしかして先輩が言ってた“誰にも口答えしない”っていう規則は、この家族にとって、俺が思っていた以上に絶対的だったのかもしれない。



「あ、貴女、また倒れたらどうする気なの? 迷惑をかけている自覚はないの?!」

「そうなったときは、小鳥遊くんに助けてもらいますから!」



 おばさんのヒステリックな問いに先輩は迷わず答えた。

 一瞬『タカナシって誰?』って空気になったが、自然と全員の視線が俺に集まる。

 先輩と頷き合う。

 心を決めたというのなら、俺だって約束を遂行しますよ。



「勉強はどうするんだね。君は、大学に進んで……」

「勉強はしています。成績も落ちていませんし、これからも落としません。志望大学も必ず行きます」

「ダメよ、なにかあってからじゃ遅いでしょう。貴女は私たちの言う通りにすれば間違いないの。だって貴女は未成年で、私たちは貴女の親なのよ!?」



 落ち着いて話すおじさんとは対照的に、おばさんは小さい子を叱りとばすような話し方だと思った。



「……だって納得できないんです」



 それでも譲らない娘に、おばさんは「え?」と顔を歪める。



「なぜ、そうやって進学も趣味も学校生活のことまで全部決められるんですか? 私、本当は料理だってしたいし、洋服も好きなものを着たい。それに、男の人に触れてはいけない規則こそ、意味がわかりません」

「なっ……、はしたない! 鹿之助さん、これは貴方の監督不行き届きよ。貴方との契約も見直さなければならないわね!」

「鹿之助は関係ありません!」

「いいえ。教育係の役目を怠慢したのは鹿之助さんよ」



 怒りの矛先はいつの間にか、鹿之助さんに向けられていた。



「奥様。私はいつも見ておりましたが……」



 黙って聞いていたはずの鹿之助さんが遮ったため、おばさんの顔が赤くなる。



「まあ! 貴方まで口答えるつもり!?」

「お前やめないか子どもたちの前で、みっともない」



 凛々姉や俺がいるにも関わらず取り乱しているおばさんに、おじさんがたしなめる。それを見て、鹿之助さんはゆっくりと首を振る。



「いいえ。あなた方、ご家族をです」



 それは思いもしなかった返答だったのだろうか。おばさんは口を開けたが言葉をつまらせていた。

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