7/13(月) 日野 苺③

 しかし……ここで声を大にすることはまずい。

 ましてや合宿の運命までかかっているというのだから。

 とりあえず、話を合わせておくか……。



「そういえば……行くかも~」



 視線が宙をさまよう。



「え、じゃああたしも行きたい!」



 やっぱり音和の目が輝く。



「ダメだ。自分探しはひとりでしかも自転車でって、相場が決まっているんだ」



 二方向からうさんくさそうな視線を感じる……。



「でも知ちゃん、裏の自転車サビてたよ」

「え、ゲロックス初号機が? マジで!?」

「うん。こないだ借りようとしたらギイギイしてた」

「さ、さすが海の街。潮風の恐怖……」



 あとでメンテしとこ……ショック。



「あら、電車で行くって言ってなかったっけ」



 どんどん設定が広がっていく。電車で行く一人旅って、それただの旅行。



「そっかあ。お小遣い多くないし、きびしいなあ……」



 お? 音和が引き下がった!?



「俺は今までコツコツ働いてきたからなーははは!」



 とりあえずその場を繕っておく。



「あ、じゃああたし、バイト入ります。ごちそうさまでした」



 チラリと時計を見て、いちごがグラスを持って立ち上がった。



「いちごちゃん!」



 母親がキッチンに向かういちごの背中に声をかける。



「差し出がましいかもしれないけれど……家に大人は誰もいないのでしょう? あなたが良ければなんだけど、柊くんも杏ちゃんも、合宿中はうちで預かるわ」

「それはご迷惑です! あたしがここで働かせていただいているのもご好意だし、毎日下の子たちを預かっていただいているのも、お弁当だって! それなのにお給料もいただいて……」



 いちごが元気ないわけがやっとわかった。

 もしかしたら合宿が嫌なのかなとも思ってたけど、いちごは家のことも考えなくちゃいけないんだ。合宿に行くなら、他人に頼るしかない。でも、あいつには頼れる人がいないから。



「そんなにしょげ返るなよ、いちごちゃん」



 ひょこっとカウンターから父親が顔を出した。



「俺も仲間に入れてくれ」

「マスター! あ、あのう」

「柊と杏の怪我や病気は気をつけようと思うが。心配かい」

「いえ! ちがくて、えっと、なんで、なんでそんなに……あたしみたいなよそ者に、優しくしてくれるんです……か……」



 テンパって涙目になるいちごに両親は顔を見合わせ、困ったような顔をして笑った。



「学校で知実の面倒を見てもらってるようだしな」

「それは、あたしのほうこそっ」

「それにねいちごちゃん。私たちは、いつも一生懸命で真っすぐで、日だまりのようなあなたのことが大好きなのよ」

「っ……!!」



 息を飲む音がここまで聞こえた。手で顔を覆いながら、いちごは少しだけ後ずさりをした。



「あり、がとうございます。あたし、あたし、あのっ……」



カラン。


 カフェの扉が開く。客が来たようだ。



「し、仕度してきますねっ!!」



 みんなが入り口に目をやったところで、いちごは二階に駆け上がって行った。

 母親が客の応対に行き、父親はウインクしてキッチンに戻る。



「日野さん、来れるといいね」



 ぶっきらぼうにぽつりと、隣で音和が言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る