6/27(土) 葛西詩織⑤

 凛々姉の提案で、商店街の中にあるファミレスに腰を落ち着けた。葛西先輩も普通に着いてきた。

 よ、良かった。ファミレスはセーフなんだな。

 挙動不審も解けて、やっとくつろげる。



「チュン太、ドリンクバー」

「イエス、ユアマジェスティ! 先輩はなにがいい?」

「え、私はあの……部田さんと同じもので」

「そ? じゃああたし梅こぶ茶ね」

「おっけー」



 梅こぶ茶×2とりんごジュースを準備して席に戻る。持ってきた梅こぶ茶を見て、しょんぼりしている先輩が笑えた。



「先輩はりんごジュースあげる」

「あ……いいんですか?」

「いいよー俺なんでもいいし」

「なによ梅こぶ茶おいしいわよ」



 凛々姉がふてくされる。



「季節考えろよ」



 俺は梅こぶ茶をすすりながらたしなめる。こめかみを伝い、汗が落ちた。



「それにしても珍しいわね。なにしてたの二人で」

「完全に逢瀬的なあれですね!」

「ちちち、違いますっ!!」

「あっはは傑作。振られたねえ」

「そんな全力で否定しなくても……」



 冗談でも凹むやつだからねー。



「だ、だってだって。小鳥遊くんには、音和さんがいるじゃないですか……」



 涙を浮かべて先輩が抗議する。凛々姉がにやりと俺の顔を見つめてきた。



「そこんところ、どうなのチュン太?」

「え、いや、音和のことはかわいいけど、今はそういうんじゃ……」

「今は? この女たらし」

「別にたらせてねーです……」


「失礼しまーす」

 


 どぎまぎしているとちょうど、料理が目の前に運ばれてきた。ああ、助かった。



「そういえば……」



 食事がそろったところで、凛々姉が思い出したように口を開いた。



「チュン太のお母さん、なにかあった?」

「ん? なんで?」

「かなり痩せたわよね? この前お店に行ったとき、一瞬わからなくてびっくりしたわ」



 ぴくりと手が止まる。



「ダイエットに成功したのかと思って『痩せましたね』って声かけたら苦笑いしてたから、それ以上なにも触れなかったんだけど。キレイになったっていうより……やつれたのかしら」

「……そうかな」

「なにかできることがあれば言って。あんたもおばさまに負担をかけないようにしっかりサポートしなさいよ?」

「う、うん」



 毎日近くにいたから気づかなかったけど、そういえば痩せたかも。例の告知から1カ月しか経ってないのに……。もしかして母さんの方が病気になってるかもしれない。

 う……。心配になってきた。


 でも母さんの心労はこの比じゃないんだろうな。父さんはああ言ってくれたけど、俺の身勝手な振る舞いを見て胸を痛めて、でもずっと反対しなくて。それに甘えて好きなようにしてたけど、それで母さんも身体を悪くしたら、俺はどう責任がとれる?



「小鳥遊くん」



 名前を呼ばれてハッと我に返る。向かいから心配そうに覗き込んでくる葛西先輩の顔があった。



「真っ青ですよ」

「身に覚えがあるんでしょ。なければ反論するはずだわ」



 対照的に凛々姉は厳しかった。



「そうだ、合宿のことなんですけど部田さん」



 先輩が気を利かせて、話題を変えてくれる。



「詩織もアホ太郎から聞いたんだ?」

「誰がアホ太郎だ」

「私、そういうの初めてで。行けるかは家の人と相談しているところなんですけど」



 と、先輩はチラリと俺を見る。俺の成績次第、とは言わないつもりのようだ。



「どんなことをするのかなって、今からすごく楽しみです」



 手を合わせてにこやかに、天使は笑う。

 だが凛々姉は返事をしなかった。沈黙のまま、気まずい空気が流れる。



「部田さん?」



 不思議に思い、凛々姉の顔色を伺う先輩と俺。なぜか目が泳ぎ、焦点が定まっていない。



「おーい。なにする?って相談だけど」

「……あ、うん。チュン太は……なにがいい?」

「? そうだなあ。まず泊まる場所を探したいけど、近所でいいと思うんだ。海きれいだし」

「そうね。じゃあそうしましょう。晩ご飯は……その辺で食べて、あとは寝る感じ、かな?」



 額に玉のような汗をかき、探るような態度を取る彼女を見てピンときた。



「あーーーーーーー。凛々姉って、もしかして合宿したことない?」

「っ!!!」



 ぷるぷると真っ赤になって小刻みに震える凛々姉。

 よっしゃビーンゴ!!!

 ふははははは!! いじってやろ!!!



「あっははは! そっかー、仕方ないよね。友だちいなさそうだしね!」

「……潰す。肉は動物園に送って無駄をなくしてやるから感謝しなさい!!」

「わはははははははーーー!!!」



 机の向かいから手を伸ばして来るが、爆笑しながら俺は後ろによけた。凛々姉の顔がどんどん赤くなる。



「そうなんですね。良かったです。私と一緒ですね♡」



 そう言う隣の葛西先輩に、パッと顔を向ける凛々姉。



「なにか変ですか?」

「え、んと、変、ではないわ……ね?」



 おお、虎の暴走が止まった。葛西先輩のなごやかフェイスしゅごいぞ。

 納得し切れないような表情で、凛々姉は置いていた自分のカトラリーを手に持ち直した。

 だが俺はいまだに変なテンションが収まらず、笑いをかみ殺す。



「……でもチュン太、やっぱりあんたは許さない」

「んごっ!!?!?」



 前方から飛んできた固く尖ったものが額に命中し、しばらく顔が上げられなかった。

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