第256話 火種


「明日祝日だし、今日紅の家に泊まりに行ってもいいかな?」


 その声はハッキリと痴話喧嘩中の美紀とエリカの耳にも届くぐらいに大きかった。


「「えっ!?」」


「別にいいですけど、何もないですよ?」


「いいよ、いいよ。私はルナと紅とたまにはリアルで話したいだけだし、ね、ルナ?」


「そうだね。たまには紅さんと色々と直接会ってお話しも悪くないかもしれませんね」


「そうか? まぁルナもそれでいいなら俺は大丈夫ですけど、七瀬さん」


「どうしたの?」


「里美とエリカさんが恐い目をこちらに向けているんですが……」


「大丈夫よ。って事でフィールドに行きましょう」


 そう言って七瀬が立ち上がり蓮見の手を掴んで歩き始める。

 手を引かれるまま付いて行く蓮見の隣に来た瑠香はニコニコと笑顔を見せてくれる。


「久しぶりに一緒に行きましょうね」


「そうだな」


 瑠香の笑顔に蓮見が頷きながら答える。


「「待って! 私も行くから!」」


 このままでは置いて行かれると思った美紀とエリカは痴話喧嘩を中断して慌てて七瀬達の後を追う。

 それを振り返って確認した七瀬は心の中で単純だなーと思った。

 だから後で美紀とエリカもお泊りに誘ってあげようと思った。



 とりあえず痴話喧嘩が強制終了させられた二人は七瀬からの提案に乗り、今日は五人でこの後現実世界でも会う事になった。そこで第二回ゲーム大会が行われる事が決定する。だけど夜までは時間がかなりあると言う事で五人はギルドクエストを受ける為にギルドへとやって来た。


「悩むわねぇー」


「そうねぇ~」


「って、エリカも来るの?」


「なによ? 文句でもあるの?」


「ないけど……アンタ生産職よね」


「生産職でも戦う時は闘うわよ」


「そ、そう。なら怪我しないようにね」


 肩を並べてクエスト板を見つめる美紀とエリカ。

 その近くでは別の二人組――七瀬と瑠香。


「やっぱりAランクが妥当かな」


「え~私はSランクがいいよ~!!!」


「一応言っておくけど、相性やらかしたら私達でも全滅するのよ?」


「うっ……ならAランクでもいいかな……」


「難しいわね」


 更に少し離れたところでは【神眼の神災】が一人ポツンとわけもわからず一人ぼっちになっていた。


「あれ……気付いたら俺一人になってる……」


 ようやく周りに誰もいないと気づいた蓮見。

 と言っても実際は十分以上前から誰もいないわけなのだが、ボケっーとしていた為に気付くのが大分遅れたのだ。その為、今夜行われるゲーム大会の事すら知らない。

 そんな蓮見の目にある物が映る。


「うん。見なかった事にしよう……」


 蓮見は何も知らないし見てない。

 そう目の前で若い男女がイチャイチャした姿など見てない。

 目から涙が零れているのは……そう目にゴミが入ったから。

 決して羨ましいとか、羨ましいとか、羨ましいとか、思っていない。

 ただ心の奥が痛むだけ……。


「いつになったら俺にも春が来るんだろう……」


 幸い美紀達は誰も蓮見の言葉が聞こえない所に居たので気付くことはなかった。

 言った張本人が自分の言葉に唯一苦しんでいる中、四人は合流し話し合っている。

 そしてあるクエストにしようかと悩んでいた。


「本当にこれにするの?」


 念の為に確認するエリカ。


「何か気になる事とか不安に思う事があるんですか?」


 瑠香が心配そうに尋ねる。


「これ結構多くのプレイヤー狩ってるって常連が言ってたから」


「Aランクなのに?」


「そう。なんせ防御力が高過ぎて攻撃が中々通らないらしいのよ。それに小さい割にすばっしこいみたいで」


「でもそれなら攻撃力低いんじゃないの?」


「それはあるわね。ただ異常耐性を無効化にするスキル持ってたりと防御力にはかなり定評があるらしいわ」


「なるほど」


「まぁ、里美が最後は決めればいいと思うわ。私達メンバーは付いて行くだけだから」


「そうね~」


 美紀はトボトボと急に落ち込みながらこちらに来る蓮見を見て「う~ん」と言って腕組みをして考える。

 時期的にもうそろそろ次のイベントが来ると思われるのでギルド全員が強くならないととは思うのだが、無理をして自信を無くされても困ると言うのが本音だったりする。

 噂では小百合が戦場に投入され、運営の方針的にギルド対抗戦になったりとまた大規模な物になるのではないかとまで言われていたりもする。実際は小百合の調整に手間取っていてイベントがもう少し後になるのではないかとも言われていたりと、どうも運営が【神眼の神災】対策に同じく【神眼】を持つ者を第二回イベントの時みたく用意しているのではないかと実は前々から提示板では噂になっているのだ。


「イベント対策としてチーム力上げるにはいいと思うけど……これ紅とエリカがついて来れるかが心配なのよね……下手に負けて自信なくされても困ると言うか……ミズナはそこら辺どう思う?」


「里美の言う通りそれはあるわね。でもまぁ負けてもいいんじゃない?」


「お姉ちゃん?」


「だって紅が仮に負けても紅ならまた立ち上がってくれるよ。ボス戦の時みたく」


 その言葉を聞いた四人の脳裏に鮮明にある光景が映し出された。


 ――粉塵爆発


「「「「あっ……」」」」


「だ、大丈夫そうね」


「そ、そうね……里美の言う通り……く、紅はね」


「私達は……?」


「「……仲間を信じるのもチームワークよ、ルナ」」


「里美さん……お姉ちゃん……?」


「エリカはどうしたい? 一応幻獣の宝玉とか言うのがレアアイテムとして一定確率になるけど撃破報酬で手に入るみたいだけど?」


 心配する里美。


「はい、大丈夫です! 是非行きましょう!!!」


 目の色を一瞬で変えてキラキラさせて答えるエリカ。


「ってことでギルド長。私達これがいいんだけど、大丈夫? 一応最終決定権は紅にあるから」


「いいよー、麒麟ね。白黒の」


「「「「白黒……???」」」」


 パンダと聞き間違えたのか黄色と黒と言いたかったのか疑問に思った四人だったがお互いの顔を見合わせてアイコンタクトで意思疎通をして頷き合う。


 ――多分問題はなさそうね


 女全員の意思が同じ方向に揃った所で美紀は受付に行きクエストを受注した。

 しかしこの決断が……後に第四回イベント前最大の火種になるであろうことは誰一人予想にもしていなかった。

 そう……日頃の相談相手のエリカですら……予想にしなかった。





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