第238話 悪夢の日


 相変わらずHPゲージは存在するかしないかよく見ないとわからないぐらいしかない。


「あはは! あははは!!! まだ終わらねぇぞぉ!!! アハハ!!!」


 身体中から血に似た赤いエフェクトが鮮血として舞いとても痛そうではあるが、それを感じさせない男に全員の警戒心が高まる。エリカの鍛冶・生産スキルは全プレイヤー中一位、二位を争うとまで言われている。そんな生産職のプロが本気で調合成功確率数パーセントを取りに行けば悪夢を起こすきっかけぐらいは作ることができるのだ。


「う、うそでしょ……」


「なにそのバーサーカー的なあれは……」


「まさか暴走……!?」


「こ、これが【人型人造破壊殲滅兵器】の底力だとでも言うの……」


「シンクロ率(危険信号)が急上昇してる……」


「そんな……私達九人掛りでも勝てないとかありえない」


「すげぇ! 流石エリカさんだぜ!!!」


「エリカのやつ……なにを渡したのよ」


「あの人ホント紅大好きね……。全くどうしてくれるのよこの状況」


 ゴクリ。

 息を飲み込む者達。

 気付けば手汗をかいていた。

 それもそのはず……全員が全員勝ったと思える一撃を連続で叩き込んだのだ。

 それにもかかわらず目の前の男は何事もなかったかのように立ち上がり愉快に笑い始めたのだから……。

 驚くな、ビビるな、うろたえるな、と言う方が酷な話しである。


 絶対的な確信を持ち放った一撃ですら蓮見こと【神眼の神災】を倒すには不十分そう思わずにはいられない美紀達。


「てかどうやったら勝てるの?」


「わからない……」


「HP減らないって……」


「てかそれプラス十パーセントでも死なないスキル付きとか悪魔としか言いようがないんだけど……。今まで皆が皆必要以上に紅を警戒した理由がよくわかった。この男は敵に回したらダメだ……」


 ここまでくると普段は味方の美紀と七瀬もどう反応していいかわからない。

 亡命シリーズの一つにある【亡命の悪あがき】と言うアイテムがある。これは使用から十秒間だけ致死性になる攻撃を受けた際にHP一を残して耐えるという言わば延命アイテムであり昨日実装されたのだ。それをエリカは試作品として【神眼の神災】こと蓮見に渡しとりあえず機会があれば使って欲しいと言って渡した。本当はただ蓮見の力になりたかっただけと紐解けば乙女の想いしかなかったのだが、そんな乙女の想いは確かに届いた。そして想い人に牙を向いた全員に恐怖を与えることにもなった。


「紅にHPって概念もしかしてない……?」


「いや……あるだろ、多分」


「ならどうやって倒せばいいと思う?」


「……わからん」


 綾香とソフィもどう反応していいかがわからない。


「紅さん……」


 ここで瑠香も思考が少しずつ追いついてくる。まだ情報が少なく生産職でもかなりの技術を磨き上げた一部のプレイヤーにしか調合リストが入手できないことから謎が多いアイテムは全員の度肝をしっかりと抜いた。なにより蓮見が使うからこそ、そのアイテムの恐ろしさがわかると言うものだ。


「これで終わりだ! スキル『聖剣エクスカリバー』!」


 ルフランが戸惑う全員をおいて蓮見を狙い攻撃する。


「スキル『聖剣エクスカリバー』!」


 再び衝突する二つの最恐と最強の一撃にようやく全員が我にかえる。


「今ならいけるはず! スキル『爆焔:炎帝の業火』(ばくえん:えんていのごうか)!」


 七瀬が回り込み両手がふさがった蓮見に背後から渾身の一撃を叩き込む。


「スキル『猛毒の捌き』 フルバースト!」


 残り使用回数全てを使い七瀬の『爆焔:炎帝の業火』をKillヒットし残った矢で全員に攻撃する。当然両手がふさがったルフランの背後からも容赦なく毒の矢を使い攻撃する。だがそれは葉子によってふさがれてしまった。他のメンバーも自分達でしっかりと対処してと早くも落ち着きを取り戻している。


「おいおい。流石の俺ももうガス欠寸前なんだけど……」


 そして二つの力が拮抗し爆発を巻き起こす。

 発生した爆炎に紛れて蓮見は最後の力を振り絞る。


「俺の全力シリーズ。全力で全速ダッシュ!」


 そう言って今もてる最大の速度で戦線離脱を試みた。

 衝撃波が止み全員の目が蓮見の姿を捉えるが時既に遅し。

 全速力で走る蓮見は美紀が『加速』を使った以上に速く一度距離を取られれば追いつく事は絶対に不可能である。

 そう蓮見は条件付きではあるが全プレイヤ―最速者でもあるのだ。それはトッププレイヤー達がスキルなどを使って頑張って300いくかいかないかのAGI値に対して蓮見は400近くまで瞬間的に出せる。ただしあまりのプレイヤースキルの低さ故に普段はその性能を活かし切れていないだけであって、こうして誰にでもできる程度の事での単純作業的な形であれば蓮見は誰にも負けない速さを持っている。


(なにその速さ……。まさか目の前で逃走するシーンを見る日がこようとは恐るべし)


 七瀬はプライドの欠片も感じさせない蓮見を見て心の中で思った。

 本来であればあまりにも惨めな姿なのだが自分達が九対一で襲っていた事を考えるとなにも言えなった。消化不良となったトッププレイヤー九名はこの瞬間標的を変更した。


「ミズナ! ルナ!」


「了解! 本気で行く!」


「お姉ちゃん援護お願い! 里美さんはルフランさん達をお願いします。私は綾香さん達を倒します!」


「任せて!」


「いいねぇー。紅のやつ、最後の最後で最高に燃える置き土産おいていってくれたじゃん」


「油断するなよ、綾香!」


「アハハ! 面白い! 葉子、俺の援護を頼む!」


「任せてください」


「悪いがスイレンは俺の援護だ。それと絶対に死ぬなよ。あの野郎が触発したこいつ等を一掃する」


「了解!」


【深紅の美】VS【雷撃の閃光】VS【ラグナロク】VS【灰燼の焔】


 この四つのギルドメンバーの一部が最後大暴れしたことを逃走した【神眼の神災】が知るよしはない。後にこのLIVE映像を見た者達から【神眼の神災】が引き起こした悪夢の日と呼ばれるようになった。


 悪夢の日、それは。

 蓮見の新技である水爆を始め、逆境での本領発揮、渋とさ、生命力、恐ろしさ、影響力、そう言った物等が全て見なおされた日を意味し、安易に手を出すことなかれと今まで以上に多くのプレイヤー間で誠密かに囁かれるようになった日のことでもある。


 その後。

 大暴れした四ギルドは無事に上位ギルド認定書【一】をゲットした。が全員最後はボロボロになりお互いがお互いに制限時間に助けられる結果となってしまった。特に葉子とスイレンは改めて自分達のギルド長の凄さを実感したらしい。そして残りの者達は最後にとんでもない置き土産を残してくれた蓮見の影響力をその身を持って痛感していた。


 後日、人々はこう語る。

 あれは人ではない。

 あれは人の仮面を被った不老不死疑惑がある者だと……。

 故にどうやって倒せばいいのかと……。

 そこで運営にメッセージを送った。


 すると運営からは。

『お気持ちはお察しします。ですが自分達で考えてください。私達は全員に平等の立場ですのでお答えできません。尚、彼は一般プレイヤーであり、不老不死ではありません』

 と返信がきたらしい。

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