第182話 二人の朝の時間は新鮮


 蓮見と美紀が学校に着き、自分の席へとそれぞれ座る。

 するとクラス中の視線が蓮見に集まる。


「え?」


 ついこれには蓮見も驚いてしまった。早く学校についてやる事もないし居眠りをしようと登校中は考えていたが、とてもそれどころではない。

 視線をクラス中に飛ばすが理由がわからない。

 試しに美紀を見るが、首を横に振り心当たりはないと意思疎通される。


 しばらくすると、声が聞こえてきた。


「なんで蓮見がこんなに早く学校に?」


「なんで美紀ちゃんと?」


「今日雨かな……」


 それを聞いて蓮見は納得した。

 クラスの皆が蓮見がこんなに早く学校に来たことに驚いているのだと。

 それは当然だろう。

 なぜなら当の本人ですら、まさか高校生活中にこんなに早く学校に登校する日があるとは思いにも思っていなかったのだから。


「良かったね。今日はクラスの注目の的になれて」


 ようやくここで蓮見に続き、状況の理解が追いついた美紀。


「いや全然嬉しくないから」


 蓮見はため息混じりで答える。


「あはは~。たまにはこうゆうのも――」


「石井さんちょっといいかな?」


「はい?」


 突然聞こえてきた声に蓮見と美紀がお互いの顔から視線を逸らし声のした方向に視線を向けると、蓮見にとっても美紀にとっても意外な人物がそこにいた。


「もしかしてタイミング悪かった?」


「別にいいけど?」


 美紀はチラッと蓮見を見て答える。


「ならよかった。今日の放課後少し時間良いかな?」


 その言葉に美紀の表情から笑みが消え、面倒くさそうな表情になる。

 美紀にとって放課後は癒しの時間なのだ。ゲームにゲームにゲーム、そしてその次に漫画、アニメ、恋愛小説、とこれが優等生の素顔でもある。

 周りから見たら、ニコニコしているように見えるが蓮見から見たら良くできた作り笑顔だなとすぐにわかる。これでもここ最近はずっと一緒にいたのだ。これくらい見抜けて当然と言えば当然である。


「え……私今日は忙しいんだけど……」


(確か今日は昨日読み切れなかった新作の漫画を読んで第三回イベント前に溜め込んだアニメの録画を見るんだもんな)


 蓮見は的確に心の中でツッコミを入れる。

 基本的に蓮見は美紀がペラペラと聞いてもいないことまで教えてくれるので大概この日は何をしているのかを知っている。


「なら五分でいいんだけどどうかな?」


 隣のクラスで有名な武田哲也はイケメンスマイルで言う。

 これには同性の蓮見でも爽やかなスマイルにドキッとしてしまうレベルである。

 武田は韓国のアイドルグループに出てきそうな顔立ちで金髪の短髪。細身でありながら筋肉質でありながら身長も百八十センチと素晴らしい。また男女関係なく交友関係が広く、同学年だけじゃなくて先輩後輩からも慕われている野球部のエースで背番号一番である。だけど蓮見が知る限り美紀と武田に交友関係はなかったはずだ。


「ん~本当に五分で終わる?」


 美紀が少し考える素振りを見せる。


「あぁ、勿論。その代わり少し二人だけでお話ししたいなって思ってるんだけどいいかな?」


「まぁ、それならいいわよ」


「なら放課後になったら迎えに来るよ。またね、石井さん」


「は~い。た…けだくん」


 美紀は手を振り教室を出て行く武田に向かって完璧な作り笑顔で手を振って見送る。

 蓮見は美紀の奴、名前すらちゃんと覚えていないのかと見てて思った。

 別に間違えてもいないし、この状況なら武田の突然の訪問に美紀が緊張していたと考えれば不自然さはない。

 そもそも蓮見に何かを口出す権利なんてないのだ。


「うわ~朝から珍しい事もあるんだね……」


「いや俺の顔を見て、お前が朝早く学校に来たからみたいな顔止めて欲しいんだけど?」


「え? バレた?」


「うん。てか連れてきたの美紀だからな!」


「わかってるって。冗談だよ、はすみぃ~」


 蓮見はサッと視線を周囲に飛ばし小声で美紀に言う。


「ば、バカ。その呼び方は学校では止めろって」


「ちぇ、別にいいじゃん。減るもんじゃないし」


 何処か納得がいない様子の小悪魔美紀ちゃん。

 だけどここで退くわけにはいかない蓮見。


「いや俺の心がすり減るから」


「わかった、なら止める」


 その一言に蓮見がホッと一安心する。

 少し前ならこの会話だけでもクラスの男子の目線が痛かったが今はそこまでない。多少なりとも美紀の事が気になっているであろう男子達の嫉妬の眼差しがあるにせよ今は大分マシな方だ。それにクラスでも蓮見と美紀は幼馴染で仲が良いと言う印象も最近では出来て来ているので前程陰口を言われる事もなくなって来た。

 容姿平凡で成績下位と容姿完璧で成績上位の優等生兼運動神経抜群では釣り合わない事は蓮見も重々承知なのでこれに関しては完璧になくなればと言うのは正直半ば諦めている。


「それにしても私告白されるのかな?」


「さぁな。武田って結構女子からの人気高いから――」


 蓮見はこの時ある事を思い出した。


「――そう言えば最近三年生の女子の先輩からの告白を断ったとか校内の噂で聞いた事があるような気がする。確か理由は他に好きな人がいるとかどうとかだった気がするけど」


「なるほど。まぁその噂なら私も知ってるけどね」


「って知ってるのかよ!」


 蓮見は美紀が知っていた事に驚いた。

 クスクスと楽しそうに笑っている所を見る限り本当に知っていたように見える。

 蓮見は小さくため息をついて、一人納得した。


「そりゃそうか。俺より美紀の方が交友関係かなり広いもんな」


「まぁね」


 蓮見の言葉に対して美紀は笑顔で肯定する。


「それでもし告白されたらどうするんだ?」


 蓮見はさり気なくもしもの話しをしてみる。


「う~ん、そうだね~。もしそうなったら蓮見は私にどうして欲しい?」


 美紀は真面目な顔で蓮見に質問する。


「ばぁ~か。そうゆうのは俺が決める事じゃないだろ。ちゃんと自分が後悔しないように選べ。そこに俺の事は気にするな、ちゃんと自分の幸せの為にどうしたいかを選べ。それが幼馴染としての俺の答えだよ」


「へぇー、そこは嫌だって言ってくれないんだ。ちょっと残念」


「あのな……俺の我儘で美紀の人生決めてたら絶対に悲惨な事になるぞ?」


「それもそうね」


「そこは嘘でも否定しろよ。俺がバカ……あっ、いやバカなのは昔からか……ちょっとトイレ行ってくるわ」


「は~い、行ってらっしゃい」


 蓮見は席を立ちあがり教室を出ていった。


 そんな蓮見の背中を美紀は物寂しそうな目で見て黙って見送った。


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