第128話 喜びの声
「ただいまー」
美紀が戻ってくると、蓮見の膝の上で甘えていたエリカの身体がビクッと反応するものの磁石のN極とS極のように二人がピタッと引っ付き合っていた。
そしてすぐに怒ろうとしたとき、蓮見が美紀を見て首を横に振る。
よく見ればエリカの顔は疲れ切っていた。
「おかえりー」
「うん。エリカどうしたの?」
「急に敵が攻めてきたからずっと戦ってくれて、それで結構疲れたみたい」
「なるほどね。私達も結構倒したけどやっぱり大規模ギルドや中規模ギルドは人数に余裕があるから広範囲に捜索を開始したみたい」
「なるほどね」
「それでその泥棒猫の頭を撫でるのはいい加減止めてくれるかしら? 見ててめっちゃイライラしてくるのよね」
蓮見は慌ててエリカの頭を撫でるのを止める。
美紀の怒りが伝わったのかエリカが起き上がる。
「ありがとう、紅君。おかげで心が癒されたわ」
エリカはそのまま立ち上がると大きく背伸びをする。
「ったく、人が頑張っている時に何抜け駆けしてるのよ、この泥棒猫」
「リアルで私の目を盗んで抜け駆けしていた泥棒猫には言われたくはないわよ」
「なによ!」
「ここで勝負付けてあげようかしら」
目に見えない火花をバチバチとぶつける二人。
この二人の頭の中には第三回イベントと恋愛戦争の二つがある。
故に目の前のプレイヤーだけを倒していけばいいと言う問題でもなかった。
だがここで七瀬が二人の間に割って入る。
「いい加減にして二人共! このままじゃ残りの時間を生き残る事すら難しいんだから!」
その声にハッと我に帰る二人。
そう、七瀬と瑠香にとっては二人の恋の問題等今はどうでもいいわけで。
「とりあえずエリカさんの肉体的な体力回復が最優先だとして、私達はこの後どうすればいいの? まだ攻め続けたらいいの? それともここで待機?」
現状七瀬の言う通り、エリカの体力回復は最優先である。
エリカの体力が尽きればただでさえ人数が少ない中、マイナス一人の状態となってしまう。そうなれば戦局は更に厳しい物へと変わる。
美紀は全員にイベント専用MAPが見えるように拡大して「う~ん」と言って考え始める。
エリカは美紀に敵の偵察隊が増えている事を伝える。
「となると、大型ギルドにもここの存在がバレるのは時間の問題ってわけね」
「むしろもうバレているかもしれないわね」
この時、エリカの悪い予感は当たっていた。
事実誰も気が付いていないだけで、実際は【灰燼の焔】ギルドには自分達の拠点の場所を特定され目を付けられているのだから。
「だけど今エリカを見て思ったんだけど、私達の様に色々と動いてまだ余裕があるプレイヤーって少ないんじゃないかしら?」
「里美、どうゆう意味?」
エリカが質問する。
「要は疲れるのよ。私がミズナとルナと倒した敵ギルドも偵察しては交代で休んでいたの」
「なるほど」
「って事は……私が大型ギルドのギルド長だったら時間的にもここで一回情報の共有を行う」
「つまり一回敵の攻撃が減るってこと?」
「そう。ギルドが小さければメッセージだけでもやり取りが出来るだろうけど人数が増えればそうはいかない」
言われてみればそうである。
人数が多くなればなるほど情報共有はしっかりと行わなければならない。
これは会社でも学校でも同じ。
つまりゲームの中とは言えそれはギルドと言う一つの組織にも当然あてはまる。
その時、石段の下の方から音が聞こえてきた。
それもかなりの人数の。
「誰か来たわね」
美紀の視線が石段の下に向けられる。
「みたいね」
「どうする?」
「私は行けます!」
三人の意見を全て否定するようにして、今まで黙っていた蓮見が言う。
それも目をキラキラさせて。
「なら俺が倒してくるよ。里美たちはギルド拠点攻略で疲れているだろうし、エリカさんも連戦で疲れているだろうから」
あぁ、なんと言うかとても頼りになる。
だけど四人の頭が警告する。
ここで猛獣の手綱を手放せば、後八時間だろうが二十四時間だろうがこの男は欲望のままに暴れ始めるだろうと。
だからそれはダメだと。
石段の下から聞こえてくる声に耳を傾ければ【神眼の天災】を見つけたという喜びの声が大半を占めていた。そして目的を達成出来ると思ったのか、石段の下では士気が高まり、雄たけびが聞こえる。
全く愚かな連中だ。
【神眼の天災】を倒す? 生産職のエリカは例外としてこの中で一番弱いと言う事を誰も知らないのではないか?
彼らは本当に運が良い。
なぜなら【神眼の天災】以上に強いトッププレイヤーの三人が本気で相手してくれるのだから。
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