第138話 七瀬
七瀬と瑠香は霧を利用したスイレンの攻撃を見極めながらチャンスが来る、その時を待っていた。
七瀬の『焔:炎帝の怒り』 瑠香の『ペインムーブ』と言った比較的汎用性があって威力があるスキルでもスイレンには通じないことは第二回イベント中に証明されている。
だったら必殺となる一撃を決めるしかないのだ。
だけどそれは高威力の反面MPゲージが一気に持っていかれるとデメリットがある。
特に七瀬の場合一度でもMPが底を尽きるとその間まともな攻撃手段がなくなる事にもなる。
故に一対一や敵が一人で勝つ確証があるときにしか『爆焔:炎帝の業火』は使えない。
【焔:炎帝の怒り】の上位版で全てのMPを消費する。威力は消費MP量とプレイヤーのINT値に比例する七瀬の最後の切り札でもあるのだ。
「ッ!? クッ!」
視界が悪く瑠香の反応がいつも以上に遅れる。
「あぁ……っう、痛い」
七瀬は杖で飛んでくるクナイを弾き落とすが、やはり視界が悪く反応が遅れる。
まずはこの視界の悪さを何とかしなければならない。
二人がここまで苦戦しているのは石段の上で足場が不安定で視界が悪く下手に動けないからだ。
かと言ってこのまま反撃をしなければいつかは負けてしまう事はわかっていた。
そこで二人はある程度のダメージは許容範囲内として強引に反撃に出た。
「スキル『加速』『ペインムーブ』!」
クナイによるダメージを無視した急接近とレイピアによる六連突き。
スイレンはそれを正面から受け止める。
「スキル『精霊の盾』!」
「貰った。スキル『サンダーブレイク』!」
瑠香がスイレンの注意を引き付けているうちに七瀬が背後に回り込み攻撃する。
「スキル『石礫』!」
近くにあった小石や砂利が巻き上げられて七瀬を襲う。
一撃の威力はないが、手数で七瀬の攻撃を奪っていく。
だがテクニカルヒットしない限りは致命傷とはならない。
「まだまだぁ! もういっちょ、スキル『ペインムーブ』!」
瑠香が間髪入れずにもう一度レイピアの六連突きを入れる。
ここでようやく『精霊の盾』にヒビが入る。
「スキル『恵みの光』!」
石礫の攻撃が終わると同時に七瀬と瑠香のHPゲージが回復する。
そこから瑠香の捨て身の連続攻撃にスイレンのHPゲージが減っていく。
当然防御を捨てた瑠香のHPゲージもスイレンの反撃を受けて減っていく。
瑠香は七瀬を信じて戦う事にした。
ここで負けても五分もすれば自分は復活できるのだ。
「へぇ、あの時よりは強くなったみたいね」
「まぁね!」
横目で七瀬がMPポーションを飲んでいるのを確認した瑠香は最後の賭けに出る。
「これで決める! スキル『睡蓮の花』!」
「ったく忌々しいスキルね。私と同じ名前。だからこそ私の元に来て欲しいのに。スキル『幻影:幻の彼方に』!」
瑠香の必殺の一撃がスイレンの身体を貫いた。
そう思った瞬間、瑠香の背後にもう一人のスイレンが出現する。そして持っていた小刀で心臓を一突きする。それはKillヒット判定され瑠香が光の粒子となっていく。
だけど瑠香は最後に笑っていた。
最初から瑠香は一人で勝とうなんて思っていなかった。
相手に大量のMPゲージを使わせて、追い込むだけで良かったのだから。
「流石だね。でも私の必殺をスイレンさんも必殺のスキルで躱した時点で私達の勝ちですよ?」
瑠香は最後にそう言って消えて行った。
「まさか!?」
「ルナありがとう。後は私に任せなさい!」
MPポーションで回復した七瀬のMPゲージが一気にゼロになる。
今まで誰にも見せた事がない美紀や瑠香と同じように七瀬も持っているのだ。
必殺となるスキルを。
七瀬を中心とした大きな魔法陣が地面に出現する。
システムアシストによってスイレンの素早い動きが捕捉され七瀬の視界に敵座標が表示される。
茶色い髪が赤色に染まり、ゆらゆらと燃え始める。
初めてみる姿にスイレンが最大レベルで警戒する。
スイレンは知っている。魔法陣を使うスキルや魔法は入手難易度が非常に高く扱いが難しく更には一日の使用回数に制限があることを。だがその分威力は折り紙つきであることも。
「行くわよ! スキル『爆焔:炎帝の業火』(ばくえん:えんていのごうか)!」
魔法陣が消え、今度は杖が赤い色に染まり強い光を放ち始める。
そして杖から『焔:炎帝の怒り』を容易く凌駕した燃え盛る炎がスイレンを襲う。
「スキル『霧隠れ」!」
慌てて七瀬の視界を奪うが意味をなさない。
七瀬の魔法は自動追尾性能を持っており、魔法を放つ時に標的とした相手を追尾し襲う。
「悪いわね。あの時は隠していたけど、これが私の本気よ」
七瀬は魔法の反動で片膝を地面に付けて呟く。
魔法陣で生成される力が杖に行くまでの間、七瀬の周りは常に酸素が凄い勢いで燃える為息がまともにできなくなる。簡単に言うと、空気の燃焼速度がかなり速く、僅か一発で最大火力の魔法に思わず身体が軽い酸欠状態になってしまったのだ。
そして七瀬の魔法が直撃したスイレンは光の粒子となって消えて行った。
「ったく、あんなの相手に一人で勝てるわけないじゃない」
スイレンが負けた事により視界が晴れ、一人石段に座った七瀬は呟く。
これはMPもだが、自身の体力も奪うなと再度認識を改める。
不幸中の幸いなのは蓮見に同行していた時に山火事には多少慣れたのか、今は息が出来ていて意識があると言う事だ。
入手した頃は酸欠で倒れてしまった為に今まで封印していたわけだが今は何とか扱えるようになっていた。
「てかこう考えると山火事の中で戦う紅ってヤバイ……」
七瀬はもうしばらく動けないと思い、エリカにメッセージを入れて見張りを交代してもらう。十分でいいから休ませて欲しいですと送るとすぐにエリカが拠点から出て来てお迎えに来てくれた。
「今頃紅はきっと大暴れしてるんだろうな……」
空を眺めながら。
「私もまだまだこんな所で一人負けてられないよね」
それから七瀬はエリカにお礼を言い、瑠香の復活を待ちながら拠点の中でぐったりして休憩に入った。
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