CHAIN_96 変異
「それでどうする。このまま締め殺すか?」
「分かってるくせに」
「そうだな。君はきっとそうしない。だったらこの私に何を求む?」
「騎士道連盟の解散と、今後一切他のプレイヤーには関わらないこと」
それを聞いたマリアは突然笑いだした。
「前者は別に構わない。ちょうど飽きてきた頃合いだ。しかし……」
打って変わって今度は感情の一切が消え去ったかのような顔に。
「後者は断固拒否する」
「……それはお前の楽しみだからか?」
「楽しんでいるのは事実だ。否定しない。だがその質問にちゃんと答えるとするなら、それが私に課せられた使命だからだ」
「使命、だと……?」
「有望なデントプレイヤーを探しだすこと。ここには才能溢れる暗黒期生まれのシルバーライニングスが集っている。君もその内の一人だ。いや、その中でも最上の逸材だろう」
「気をつけて。様子がおかしいわ」リンから差し込まれた警告の言葉。
「けれど残念だ。たった今、神は君が危険因子であると判断した」
「何を言っている……?」
「神の力を借りて、不本意だが君を完全に削除させてもらう」
次の瞬間、鎖の雁字搦めが圧倒的な力によって内側から弾き飛んだ。
「ぐッ……」
怯んだその隙にマリアが接近。踏み込んで固めた拳をツナグの頬に打ち当てた。
「――ッッッ」
ただのパンチとは思えないような威力でその体が吹き飛んでいく。激しく二転三転してから壁にぶつかった。
「
マリアはフルボディスーツから幾何学模様の全身鎧に変移。その顔も兜で完全に隠れた。
「ツナグ君っ!」
「お兄さんっ!」
駆けつけようとするコムギとエルマを差し置いて、
「武装変化 《スイッチオーバー》」
マリアは槍を構えて地面を蹴り、跳んだ。その槍の穂が壁にもたれかかるツナグの頭部を完全に捉えた。
「削除、実行する」
大きく突きだした槍はツナグごと壁を破壊して外の庭へ。現実世界なら即死級の光景に信者たちでさえ思わず息を呑む。
コムギは足を止めて口もとを両手で押さえた。エルマも一度立ち止まったが、安否を確認するために意を決して庭のほうへ駆けていった。
そこで目にしたのは、
「あぶ……ねえ」
当たる寸前で槍の穂先を掴んでいたツナグの姿だった。
「……同期率六十パーセント。いい感じよ」
拳を受けた時点で、リンの機転により共振形態【レゾナンスフォーム】へ移行していた。
「――鎖格子 《チェーングリッド》」
空いた手で地面に触れた瞬間、格子状に組まれた鎖の壁が斜めに勢いよく飛びだした。
「がッ……」
それはマリアの胸部装甲に直撃して宙へ打ち上げる。その隙にツナグは立ち上がって態勢を整えた。
「……良かった。お兄さんっ!」
駆け寄ろうとしたエルマを、
「近づくなッ! 離れてろッ!」
ツナグは言葉で強く制した。その迫力にエルマはビクッとして後ずさった。
壁にぶつかり落下したマリアは何事もなかったかのように立ち上がり、
「武装変化 《スイッチオーバー》」
スキルで強引に引き寄せた槍を片手で構えた。その手と腕が小刻みに震えてブロックノイズが波打った。直後、ツナグ目がけて投擲した。
「――ッ!」
尋常じゃない速さで殺しにくる槍。ツナグはそれを間一髪横に転がって避けた。
振り返れば、二重の城壁ともども大きな穴が開いてそこから崩壊していく。土砂崩れと錯覚するような決壊音が周囲に響いた。
断面にうごめくブロックノイズはデータそのものがイレギュラーな手段で破壊されてしまったことを示すかのような不気味さを漂わせている。
前に視線を戻すとマリアが迫ってきていた。
「武装変化 《スイッチオーバー》」
手もとに出現させた剣を握って斬りかかる。
「鎖格子 《チェーングリッド》」
バックステップと同時に鎖を地面へ投げて、下から鎖の壁が突きでる。剣の切っ先が触れて一つ一つの鎖の輪がバチバチと破裂音を立てながら斬り裂かれた。
その裂け目の向こう側に見える表情のない兜。その下の顔もおそらく同じだろうとツナグは思った。
「――ッ!」
相手が動くよりも先に、ツナグは鎖の壁を思いっきり踏み倒して先手を打った。下敷きになったマリアをよそに後方へ鎖を飛ばしてから引き戻して距離を取る。
「リンッ」
「分かってるっ! 今解析中よっ!」
鎖の壁が軽板のように払われてマリアはのそりと起き上がった。
「……データの基本構造からして、これじゃ人間というよりもマインドイーターに近いわ」
「なんだって……!?」
驚いている暇はない。マリアが再び攻撃を仕掛けてきた。
「鉄鎖の二連拳 《デュアルチェーンブロー》」
左右の拳を鉄の鎖で幾重にも覆った。念のために気持ち多めで巻いている。
「おらァッ!」
向かってきたマリアに対して一打を喰らわせる。彼女は攻撃の姿勢を崩さず剣で受けるのではなく斬りかかった。
金属同士の鋭い衝突音が鳴る。
その切れ味ゆえにツナグはもしもの可能性を危惧していたが、硬質化した拳は斬り裂けない。その兜の下に困惑が見える。
「いけるッ!」
重厚な拳をそのまま振り切って彼女の兜にガツンと打ち当てた。
「――うッッッ」
こもったうめき声を漏らしてマリアはよろよろと後ずさった。その兜には大きな凹みができていたが、すぐそばから自動で修復し始めた。
「ここは短期決戦でいくべきね」
「ああ」
リンの言う通り時間をかけていると埒が明かない。
ドクン、と安全圏の縁まで同期率が跳ね上がった。
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