CHAIN_94 潜入

 城の前には行列ができていた。演説を聞いてマリアに会いにきたプレイヤーを信者たちが整列させている。


 馬鹿正直に並んでも意味がないのでツナグたちは裏手に回る。


「天狗の隠れ蓑 《テングケープ》」


 コムギは絵本の中からケープを引き抜いて頭からすっぽりと被った。ツナグとエルマもその中へお邪魔する。ぎゅうぎゅう詰めだが、どうにか三人ともほぼ姿を消した。


 リンからエコーの助けを借りて見回りしている信者たちの目をかいくぐり、鎖を引っかけて城壁の上へ。そこから登り降りを繰り返してようやく城内に忍び込んだ。


「どこにいるんだろう」コムギが囁く。

「たぶん広間で他のプレイヤーに会ってる。向こうだ」


 スキルの主導権はコムギにあるのでツナグは行き先を指示する。


「分かった。向こうね」


 それに従ってコムギが半歩先を歩いていく。


 このあとまず間違いなく戦闘になるだろうと考えて三人は心の準備を整えた。


 広間の奥ではマリアがプレイヤー一人一人と面会していた。しかしながら膝下を隠せるような遮蔽物がなくこのまま進めば近づく前にバレてしまう。だから三人は横の通路から控えめに覗き込んでいるだけ。


「どうしましょう……」

「困ったね……」


 エルマとコムギが呟く。


「うーん……」


 視線の先にはまばらに立ち並ぶ信者たち。ここまで来て引き返したくはない。


「ツナグ。二階から行けばいいんじゃない?」


 リンと同じことを考えていたツナグ。わきの階段から上がって廊下を歩いていけばマリアの近くにたどり着く。だがしかし階段近くには信者の男がいて、三人が膝下を露出したまま通り抜けようとすればすぐ見つかってしまうだろう。


「コムギさん」


 ふとあることを思いついたツナグはそれをコムギに耳打ちした。


「……できるかな。ううん。やってみるよ」


 コムギは開いた絵本を床近くまで下げて、


「玩具の兵隊 《トイズアーミー》」


 静かに玩具の兵隊を呼びだした。


「静かにね」と言われた彼らはこくりとうなずいて行進を始めた。


 突如現れた玩具の兵隊は階段付近にいる信者の男の注意を引く。その動きに合わせて視線も自然に誘導される。


「おいおい、なんだよこれ」


 その男は兵隊を目で追いながら歩いて近寄っていく。その間にツナグたちは彼の背後を用心深く通り抜けて階段を上がっていった。


「戻ってきて」


 階段の上でコムギが呟くと、玩具の兵隊は攻撃態勢に入ることなくパッと消滅した。


「……あれ?」


 男は視線を彷徨わせて急に消えた玩具の兵隊を探している。


 角度的に下のほうから膝下が見えるということはなさそうだが、


「このまま一気に行こう」


 何が起こるか分からない。下手に一休みするよりはいっそ一息に。


 三人は音を立てないように歩いて行き止まりまで。ベストではないが奇襲をかけるには十分な距離。


「……準備はいいか?」

「うん。ツナグ君はその女の人をお願いね」

「僕とコムギさんはその周りをお兄さんに近づけないようにします」

「頼む。……じゃあ行くぞ」


 その合図でツナグにしがみつくコムギとエルマ。


「――ッ」


 射出された鎖が天井に突き刺さり、引き戻しで三人が浮き上がった。


 空飛ぶ六本の足を目撃した下のプレイヤーたちは何事かと動揺する。その中で唯一マリアだけは獣を射殺すような目で見ていた。


 マリアと信者たちの間にふわりと降り立った三人。そして勢いよくケープを払いのけて姿を現した。


「……やはり君か。戻ってくると思っていたよ」

「やられっ放しじゃかっこ悪いからな」


 目の前で不敵に笑むツナグを見てマリアは小さく息を吐いた。


「君は不思議な人間だ。興味に値するよ」

「いまさらお世辞を言っても特典はなしだからな」


 ツナグがあの時の言葉をそっくりそのまま返すと、マリアの眉間にしわが寄った。


「ふんっ。コージの弔い合戦というわけか」

「……やっぱり分かっててやったんだな」


 死ぬ可能性を考慮した上での凶行。それを平気でやってのけるような人間をこのままにはしておけないとツナグは拳を固めた。


「マリア様! 私たちがお守りします!」


 教祖のもとに駆けつけようとする信者たちの前にコムギとエルマが立ち塞がった。


「ここから先には行かせない。来て。赤鬼の金棒 《レッドオーガクラブ》」


 絵本から飛びだした強面の赤鬼。抱えた金棒を彼らの前に振りかざす。


「力の付与 《パワーエンチャント》」


 すかさずエルマが赤鬼へ補助スキルを使った。


 赤鬼は声を張り上げて金棒を振り下ろした。増幅した力は石床を粉砕し、その破片を周囲に散らした。その迫力と破壊力に周囲の信者たちはたじろいだ。


「あ、当たったら本当に痛いよ。だからそれ以上こっちへ来ないで」


 この状況での痛いは洒落にならない。あの金棒に当たれば腕の一本は持っていかれるかもしれないと信者たち全員が怖気付く。


「下がりなさい。ここは私が出ます。あなたたちが傷つく必要はない」


 差し込むようなその声かけで信者たちは一斉にその場から退いた。


「彼らの目的は私一人。ならば正々堂々とお相手しよう」


 正々堂々。どの口が言っているんだ、とツナグは唇を噛んだ。


「コムギさん、エルマ。危ないから二人とも安全な場所へ。俺が決着をつける」


 二人の顔は一緒に戦うと言っていたが、ツナグの確固たる意志を示す表情を見て信者たちと同じくその場から退いた。


「悪くない。君とは純粋に戦ってみたいと思っていたんだよ。その底知れぬ実力がどれほどのものなのか、ぜひとも見せてくれ」

「言われなくとも……ッ!」


 ツナグが踏みだした瞬間にマリアは剣を抜いた。

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