CHAIN_90 思い出したぞ

 大隼は背の高い銅像の上に降り立ち、


「さあ、みなさん。こちらが救世主のマリア様です」


 メンバーの一人が彼女へと手を向ける。


「みなの者。よく聞いてくれ」


 それを機にマリアは話し始めた。


「たかがゲームと思われていたこの世界が今や混沌に満ちている。現実世界へ帰還もできず、見たことのない化け物にも遭遇し、さぞかし不安だろう。だが私はようやくここから脱するための光明を見つけた。信じられないという者たちのためにまずはこれを見てほしい」


 そのあとにマリアが合図を送ると、高台の城が変形を始めた。


「お、お兄さん……っ! あれって……!」


 エルマは気づかせようとツナグの手を何度も引っ張る。そんなことをされなくとも本人には分かっていた。あれが城を要塞化する隠し部屋のレバーによるものだということは。


 群衆が大いにざわつく。半信半疑だった者たちも信じる側へ偏りかけている。


 会場の統合により半壊した城は完全に修復されていて、その結果壊れていたレバーも再び作動するようになっていた。しかしなぜそれをマリアが我が物顔で使用しているのかツナグはおろかリンにさえ理解ができなかった。


「人が創った世界である以上、必ず抜け道がある。あともう少しなんだ。あともう少しでここから出ることができる。そのためにぜひともみなの力を私に貸してほしい」


 マリアは人の感情に訴えかけるような話し方でプレイヤー一人一人の目をゆっくりと見ていった。その嘘偽りのない真っ直ぐな目を見てしまっては疑う気持ちも薄れていく。


 そんな中で不意にコージが飛びだした。狼のまま群衆をかき分けて進み、先頭を抜けたところで変身を解除して元の姿に戻った。


「マリア。これはいったいどういうことだ?」

「……誰かと思えはコージか。すまないが、今君一人を相手している暇はないんだ。みんなのために動かなければならない時だから」

「それは理解しているが、せめて今の状況を説明してくれないか? 城にいた他のみんなはどうなった?」

「あとで実際に来て見てみるといい」


 それだけ言うとマリアは大隼の背から飛び降りて、集まったプレイヤー一人一人に優しい口調で話しかけた。


 §§§


 自分たちが留守にしている間に何が起こったのか。ツナグたちはそんなことを考えながらマリアの姿を目で追っていた。


 一通り話し終えるとマリアは大隼を呼び寄せて飛び乗り、城へと帰っていった。


「――行ってみよう」


 ツナグの意見にコージとエルマは賛成。三人は坂道を上って取り巻く雰囲気の変わってしまった城へと向かった。


 要塞化されていても門戸は開かれていて、三人は城の中へ。


 見慣れた広間に出ると、騎士道連盟のメンバーが笑顔で迎えた。


「どうぞ。こちらへ。マリア様がお待ちです」


 屈託のない表情で奥へと案内される三人。左右に見知った顔のプレイヤーたちがずらりと立ち並んでいる。


「お前たち……」


 その中にはコージのグループのメンバーがいた。彼らは騎士道連盟として振る舞っていてコージと目が合うと気まずそうに目を逸らした。


 どうやら傍若無人連盟のメンバーも吸収されてしまっている様子。そうなると姿の見えないカイの所在が気になってくる。


 広間の奥には高級そうな椅子が設置されていた。玉座に見立てているのだろう。


 そこに座っているのがあのマリアだ。


「さあ、来てやったぞ」コージが一歩、二歩、三歩、と歩いていって彼女の眼前へ。

「その前にまずは聞こう。君たちはいったい何をしていたんだ」

「何って雪原エリアの調査だが」

「それは知っている。私が言いたいのはどれだけ長い時間を費やした、ということだ。ここには時間を知る術はないが、それでもかなりの時間が経過したと考えられる。それは他のみんなも同様の意見だ」

「ちょっと待て。確かに途中で休憩を挟んだりもしたが、そんなに長々と調査をしていた覚えはないぞ。感覚的なものじゃないのか? みんな疲弊している」


 長い時間遊び歩いていたような言い方にコージが反論する。


「ならこの変わり様はどう説明する。これこそそれだけ長い時間が経過したということの証ではないのか?」

「それは……確かに俺も感じていた」


 街にやってきた時から薄々浦島太郎のような気分だった三人。時間が跳んだというのは現実的に考えられない。とするとどこかのタイミングで三人が意識を失ったとしたほうがしっくりくる。


 それはいったいつ。そう考えているのはコージとツナグ。エルマは混乱している。


 コージとツナグがハッとして目を合わせた。


 干渉スポットで起こった視界の暗転。そのあとに覚えた奇妙な感覚。眠りに落ちてから目覚めた時のような刹那。


 おそらくリンが気づかなかったのはプログラムの処理中で、そもそも人間のように時間的な感覚に疎いからだろう。だからこうして今も首を傾げている。


「……それで、カイは今どこに?」ツナグが口を開く。すると、

「カイなら私が討ち取った」


 マリアは口もとに笑みを浮かべて答えた。


「やつはずっと仲間を扇動してか弱い女性プレイヤーを虐げていた。だからそうした」

「そんなバカな……」


 カイは傍若無人だが決して自分から一線は越えない。そう思っていたツナグには到底信じられなかった。


「そのあと道標を失ったみんなを説得し、騎士道連盟へ迎え入れたんだ」

「でもその感じはまるで洗脳みたいな……」


 マインドコントロールと言っても差し支えないマリアのやり方に異議を唱えるツナグ。


「……洗脳……」


 その時、コージが驚きから目を見開いた。


「……思い出したぞ。貴志マリア。なるほど。名字が変わっていたんだな」


「…………」マリアは片眉をピクリとさせた。

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