CHAIN_85 疑念
必要とされた役割が全て埋まったことで話し合いは終了し、一時解散となった。ツナグは一人になったマリアのもとへ。
「ちょっと話が」
「心は決まったか?」ほくそ笑むマリア。
「いえ、聞きたいことがあって」
「なんだ。違うのか。まあいい。それで?」
ツナグはリンに目配せをした。彼女はこくりとうなずく。
「地下室にあった大量の便利アイテムのことなんですけど。さっき確認してみたら全部なくなっていて。それで行方を探してるんですけど」
それを聞いてマリアは目を丸くした。
「なんだと。ちゃんと探したのか?」
「はい。たぶん誰かに持ち去られたんじゃないかって。お城が攻撃を受けたあとに」
「つまり私たちの中に犯人がいると……?」
「まあ、疑いたくはないですけど……そういうことになりますね」
「……ふむ。他のみんなにはすでに話したのか?」
マリアは考えるそぶりを見せてから視線を上げた。
「いいえ、まだですけど」
「なら今は黙っておいたほうがいいかもしれない。みんな新たな問題に直面できるだけの余裕がない。頃合いを見て話すべきだ」
「……確かに、そうですね。誰か犯人に心当たりはありませんか?」
「そうだな。あの男、カイと言いたいところだが、やつは最初から最前線で戦っていた。そんな暇はないはずだ。なら他にそれをやってのけそうな人物……たとえばコージ」
マリアの口から思ってもみない名前が出てきてツナグはわずかにたじろいだ。
「戦闘中に城内で怪しげな行動を取るコージを見かけたと連盟の仲間から報告を受けている。信じたくはないが、彼も容疑者の一人だろう」
ツナグは記憶をたどる。確かに不審なところはあった。戦闘が始まってすぐに何らかの用事で城内へ。便利アイテムが地下室にあることも知っていた。
「解除コードがなければ扉の開閉は不可能なはずよ。高度なハッキング技術を持っているとかでもなければ」
リンの言う通り普通に考えれば不可能な案件。でももし彼が本当の実力を隠しているとしたらあの時点でも実行は可能。奪ってから別の場所に隠すまでの時間は十分にあった。他のプレイヤーたちも敵に気を取られていてそれどころじゃなかった。
「でもそれだと動機が……」
「彼は板挟みにあっていた。私やカイの連盟が極端な考えを持っていると危惧していたからな。どちらかの手に渡るよりは独占してしまったほうがいいと思ったのかもしれない」
「コージがそんなことをするとは……」
「別に悪意があるわけじゃないはずだ。争いの種が芽吹く前に取り除いてしまおうという考え方なだけで」
思わずツナグは納得してしまった。コージならありうると。軋轢を生じるくらいなら思い切って処分してしまう可能性を。
「まあ、これはあくまで私の推測。他に犯人がいてもおかしくはない。少しは参考になったかな? だと嬉しいが」
「はい、参考になりました」
「なら良かった。話というのはそれだけか?」
「ええ、まあ」
「そうか。次に話す時はあの返答が聞けるといいな」
そう言ってマリアは無防備なツナグの頬に軽くキスをして、
「ではまたあとで」
優雅に歩き去っていった。
「…………」
不意を突かれて固まっていたツナグは我に返って余韻が残る頬に手を当てた。現実世界と変わらぬ柔らかな感触だった。
「――ツナグっ。完了したわよっ」
そんなことはお構いなしにリンがひょっこりと眼前に現れた。
「ああ、結果を頼む」
実はツナグ、リンに声や表情の解析・分析を頼んでいた。話の中でマリアという人間が嘘をついていないか確認するためのものだった。
「結論から言うと、おそらく嘘はついていないわ。声は基本的に平坦で起伏もあるけど特に目立った点はなし。表情に関しても同様。ツナグが踏み込んだ質問をしても平常、いわゆる動揺と捉えられる反応は微塵もなかったわ」
「……そうか」
リンがそこまで言うならとツナグは彼女の件を保留にして別の容疑者について思考をめぐらせた。その中にはあのコージも含まれていた。
§§§
もやもやした気持ちで城内を歩いていると、複数のプレイヤーが集団で誰かを取り囲んでいた。
「おーい!」
ツナグが声を上げると彼らはそそくさと立ち去った。あとに残されたのは騎士道連盟の女性プレイヤー。放心状態でその場にへたり込んでいる。
ツナグが近寄ると彼女は気づいて顔を上げた。不自然に乱れた服のテクスチャに無理やり剥ぎ取ろうとした痕跡が残されていた。
「大丈夫……?」
ツナグがおそるおそる手を貸すと彼女はそれを借りて立ち上がり、
「……マリア様」
泣きそうな顔のまま呟いてそのまま遠くへ走り去った。
ツナグは静かに加害者の逃げ去ったほうを振り向いた。とっさの出来事に残念ながら彼らの顔ははっきりと確認できなかった。が、
「ほとんどが傍若無人連盟のメンバーね。その中にコージのグループのメンバーも一人混じっていたわ」
リンが見逃さず解析機能を使って教えてくれた。
あの出来事を見て誰もが容疑者になり得ることを思い知らされたツナグ。この状況下ではまともな人間も精神的に追い詰められておかしくなっていく。
「……カイ」
ツナグは重いため息をつく。彼は組織の方針を決めた時からこういう事態も想定しているはず。だから意に介さないだろう、と。
雪原エリアへ行く前に話を通しておかなければとツナグはカイのもとへ向かった。
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