CHAIN_80 空へ
二人はこれまでと同じように城壁に沿って進行。防衛が手薄な場所を中心にプレイヤーたちを支援して回り、一周してスタート地点まで戻ってきた。
「あっ! 二人ともっ!」
エルマが上から声を投げた。手を振るその姿はまだ無事であるという証。
強力な兵器のおかげもあって地上の掃討作戦は順調に進んでいる。問題は上のほう。カイと大隼に変身したプレイヤーが今なおツートップ体制で戦っている。
兵器による支援があっても対空スキルを所持したプレイヤーは多くない。そのために空中では二人がほぼ全ての敵の注意を引きつけていた。
「くそがッ。どこまで湧いてきやがるッ」
「カイさん。一度散らします」
カイたちは急降下から低空飛行に移って追いかけてくる敵を散らした。ちょうどそこで銀狼にまたがるツナグと目が合った。
「おい! 手を貸せ!」言って一度通り過ぎるカイ。
「コージ」
「ああ。ここは俺に任せて行ってくれ」
「分かった」
カイたちは折り返して再びツナグのもとへ。
「手を伸ばせ!」
地面すれすれを飛行しながら姿勢を傾ける大隼。そこから手を伸ばすカイが見える。
ツナグは合わせるようにして精一杯手を伸ばした。
5……4……。心のカウントダウンが始まる。
3……2……1……。
「掴まれェッ!」
「――ッ!」
二人の手が合わさりフックのように握りしめあった。ツナグの体が宙に浮いて上空へと昇っていく。
「ふんッ!」
カイが踏ん張って宙にぶら下がるツナグを背上へと持ち上げた。
「良かった。無事に成功した」大隼が喋る。
「どうだ。重いか?」
「いえ、問題ないです」
二人分の重量を背負っていても大隼はまだ平気そうだった。
「でも少しだけ速さは落ちると思います」
「そこは俺とこいつのパワーでカバーする」
カイが親指でうしろのツナグを指した。そのあとに振り返って、
「おい、あのバカでかい鳥籠みたいなやつ。もう一度できるか?」
ついさきほど使用したスキルについて触れてきた。
「ツナグの体調次第だけど、どうにかいけるわよ。羽付きは俊敏だから行動予測と照準補正に少し手間取るけどね」
リンの承認を得てツナグは大きくうなずいた。
「でもその代わりできるだけ敵を集めて。分散しすぎると精度が著しく落ちるわ」
そのことをカイに伝えると、
「旋回して引きつけてから垂直に急上昇。できるか?」
彼は大隼にそう提案した。大隼は「やってみます」と答えてから敵の集まりへ向けて大きく針路を変更した。
「急上昇後に飛び降りてスキルをぶっ放す。いいな?」背中越しに確認を取るカイ。
「タイミングはそっちに任せる」ツナグは間を置かずに即答。
「二人とも、行きますよ!」
前方に敵の集団。大隼が体内のギアを切り替えて速度を上げていく。被弾覚悟の瀬戸際を挑発するようにして旋回を続ける。
それに釣られて敵が集まり始めた。細かな舵取りはカイがこなしてそのたびに大隼へ指示を出した。
容赦のない攻撃が飛び交う中を差し込むようにして切り抜ける大隼。避けきれないものはカイとツナグが機転を利かせて庇った。大きく転回するごとに敵の数は増えていき、それを見た壁上のプレイヤーたちは三人のためにできる限りの援護射撃をおこなう。
ツナグたちが近くを通るたびに、
「頑張れーッ!」
「負けるなよッ!」
「俺たちがついてるッ!」
「いけーッ!」
「飛ばせ飛ばせー!」
彼らは届くかも分からない声援をともに送って励まそうとしていた。
「みなさんーっ! 頑張ってくださいーっ!」
負けじとエルマも声を張り上げてバリスタから矢を放つ。始めはまぐれ以外ほとんど当たらなかったその矢もコツを掴んだのか徐々に精度が上がっていた。
グループで分かれ、互いに信用していなかったプレイヤーたちに一体感が生まれ始める。
年齢、性別、能力、組織、そこに違いはあれども志は同じ。
「カイさん。そろそろ限界かと……!」
「ああ、いいぜ。いっちょぶちかますか」
「はい! じゃあしっかり掴まってください!」
カイの返事を受けて大隼は準備態勢に入った。頭を下へ、両翼の角度を調整し、瞬間的に速度を落としてからの滑空。直後、弛んだ糸のように放物線を描いて、
「――大隼の猟 《ファルコンストライク》」
本来急降下に使うための渾身の羽ばたきをさらなる高みへと目がけた。
垂直方向への急上昇。振り落とされてしまいそうな重さを身に受けながら三人は空高く昇っていく。敵もそのあとを追ってこようとするが速さにはついてこられない。
限界域まで到達するとビープ音が鳴り「これ以上は進行できません」とのエラーメッセージが表示されて強制的に急転回させられた。それが合図となり、
「行くぞ。舞踏会の始まりだ」
カイは一足先に背から飛び降りた。続いてツナグも飛び降りる。
「下で待ってます」
大隼は再びスキルを使用して急降下。作戦後に二人を回収するつもりのようだ。
「――くっ」
宙に投げだされて体のコントロールが上手くいかないことに戸惑うツナグ。それこそ現実世界で実際にスカイダイビングをしている感覚。
「ツナグっ! 私が補助するわっ!」
リンが呼びかけたあとツナグの体に平衡感覚が戻った。体勢を変えてスキル使用の準備動作に移る。そのすぐ下では二丁拳銃を構えたカイが、
「……双銃の比翼 《ガンズグライド》」
銃身から弾丸を放った。それらは急激に膨張して漆黒の翼を生やし、鳥の姿へ。羽根を散らしながら直下へ飛び去っていく。
カイ自身は反動で上昇。ツナグの頭上高くへ飛んだ。
手を構えたツナグは続けざまにスキルを行使。
「鎖の大分枝 《グランドチェーンブランチ》」
檻から放たれた猛獣のように鎖が暴れ狂いながら真下の敵へ突撃を開始。
先行して集団へ到達した黒翼の鳥は曲がりくねり敵を食い破っていく。次はその真上から蓋をするようにして鎖の雨が降り注ぐ。
「……予測補正。座標更新。角度調整。経路再編」リンの機械的な声が頭に響く。
怒涛の反撃に抵抗虚しく崩れ去っていく悪食の群れ。弾丸に撃ち抜かれ、鎖に貫かれて必死にもがいている。どうにか削除を免れたものも体が崩壊していく中でお前のデータを喰わせろと言わんばかりに口を開けたまま突き進んでくる。
その知への執着はマインドイーターの名を冠する彼らに相応しい。
「――なんとか間に合った」
落下を続ける作戦後の二人を大隼が順にその背で受け止めた。
「よくやったな」
「ふう。なんとかなった」
カイは余裕の一息。それに対してツナグはほっと一息。まさかここで初めてスカイダイビングのような経験をするとは思ってもみなかったのだ。
「壮観じゃねえか」立ち上がったカイが腰に手を当てる。
あとに残ったのは籠の中に囚われた黒鳥とデータの残骸。
敵の残党は他のプレイヤーたちが遠隔から集中攻撃を浴びせてねじ伏せている。
三人が凱旋気分で城へ舞い戻ると、大きな歓声が上がった。
さながら映画のワンシーンのような勝利の光景に酔いしれるプレイヤー勢。
ゲームにおいてみんなが協力して強力な敵を倒すレイドミッションのようにその場にいる全員が成し遂げたという確かな達成感を噛みしめていた。
「――ツナグっ! まだ油断しないでっ!」
そこへ水をかけるリンの声。その警告を示すように鎖の籠が大きな音を立てて崩壊し始めた。勝利のシンボルが内からひしゃげていくその様を見て一転、プレイヤーたちの顔に暗雲が立ち込めた。
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