CHAIN_54 篝火の遊歩道

 個人戦シーズン予選の前日。デント部では部長がルールのおさらいや役立つアドバイスに加えて過去の対戦方式についての分析を発表していた。


 団結や忖度などの不正を防止したい運営の裁量により部活動のメンバーがマッチングする確率は低いが、万が一出会った場合は敵同士となる。


 けれどみんなが高ポイントを取れるようにとの部長の計らいでみんなが明日に備えた。


 §§§


 今日は体を休めようと一足先に部活動を抜けて校舎を出たツナグ。すると校門のところに変装したユリカがいた。


「あっ、ツナグさん」


 気づいたユリカは自分から声をかけてきた。


「どうしてこんなところに?」

「この学校に通われていると聞いた覚えがあったので」

「そういうことじゃなくて。ここに来た理由のほうを聞いてるんだけど……」

「それはもちろん、ここに来ればツナグさんに会えると思って」


 ユリカは胸の前で愛らしく手を重ねる。


「このあとってお暇ですか? もしよろしければ少し一緒に歩きませんか?」


 本当はこのまま家に帰って次の日に備えたいが、彼女にはコムギの相談に乗ってもらった借りもある。


「――いいよ。行こうか」


 ツナグはその誘いを受けた。


 彼女がいるわけでもないのに異性の好意を無下に扱うのはどうかと思ったのだ。


「本当ですかっ!」


 サングラス越しでも分かるほどにユリカの顔はパッと明るくなった。


 時は二十二世紀。欧米では以前から一般的だったデーティングの文化が日本にも浸透していた。古くは告白から付き合い始める流れだったのが、とりあえずデートを続けてみて心身ともに相性が良ければ付き合う流れへと変わった。


 複数人と同時にデーティングをする者もいれば、当然この時代においても古い価値観を守り続ける人々もいる。


 二人は学校を離れて繁華街へ。


「どこか寄りたい場所ってある?」

「いいえ。でもできればもっと静かなところへ行きたいです」

「分かった」


 ツナグはユリカを連れて繁華街から抜けだした。雑踏のない川沿いの遊歩道へ出ると人工的な雑音が急に減ってリンが中から「あそこはジャンクデータばっかりね」と言った。


「本当にどこに寄らなくても良かったのか?」

「はい。こうして一緒に歩いているだけでも十分ですから。特別なことは何も」

「……そう」


 お嬢様と聞いていたからてっきりもっときらびやかなことを望むとばかり。ツナグはその決めつけを反省して向き直った。


「あのさ、どうして俺なんだ? 助けられた恩があるにしてもちょっと早とちりなんじゃないかな」

「女の勘です。まだ出会って間もないですが、不思議とそんな感じがするんです。これでも驚いているんですよ、私自身。あんなに理性を欠いた行動をするなんて」

「……君が思ってるほど俺はいいやつじゃないよ」


 何にも熱中できなかった空っぽな自分を認めてほしいという承認要求。でも期待されると今度は真綿で首を締められるような感覚に陥っていく。


「……自分に追いつくのですら精一杯なのに」

「え、今何か言いましたか?」

「いや、なんでもない」


 ツナグのその呟きはリンにしか聞こえていなかった。


「たとえツナグさん自身がそう思っていたとしても私の思いは変わりません。これからあなたをもっと知っていく中でもそれはきっと変わらないでしょう」


 ドラマのような台詞を恥ずかしげもなく吐くユリカにツナグは何も言えなかった。


「あなたには人を惹きつける不思議な魅力があると思いますよ」

「……言いすぎだって。君のほうがよっぽど不思議だよ」


 ツナグは苦笑しながら言い返した。でも少しだけ気分が軽くなっていた。


 仕事終わりの人々が運動を始めた遊歩道から出て街中を歩いていると、


「――あれ、あなたは確か……炎帝・篝火ユリカさん」


 とある男が二人に話しかけてきた。


「どなたですか? 存じ上げませんけど」

「これは失礼。私、フリーランスで記者をしている草壁くさかべと申します」

「あっ!」と声を出したツナグ。


 その名前と顔には覚えがあった。以前参加したトークセッションイベントの時に場を白けさせる質問ばかりしていた記者だった。


良川よしかわプロのイベントの時に変な質問ばっかりしてたやつ」

「私はただ真実の探求者として真っ当な質問をしていたつもりでしたが……。そう思われても仕方がないでしょうね」

「それで私にどのようなご用件でしょうか?」

「少しお聞きしたいことがありまして。もちろんプライベートなことについてはお尋ねしません。性分ですから」と言いながら隣のツナグを見やる草壁。


「……少しだけなら」

「ありがとうございます。それでは質問のほうへ」


 草壁は懐からポータブル端末を取りだして取材態勢を整えた。


「――こほんっ。まずデントと電脳世界の運営元であるラジエイト社について。ここ数ヶ月の間に彼らからのコンタクトはありましたか?」

「いいえ。ありません」

「そうですか。では次へ。注目のデントプレイヤーになったことで何か特別なことを知りましたか? たとえば世間一般では開示されていないような情報とか。噂でも結構です」

「いいえ。それでしたらプロの方のほうがお詳しいかと」

「でしょうね。ですが彼らは口が堅いですから、なかなか」


 草壁の質問に素直に答えるユリカ。


 それを見て油断ならないとツナグは思った。子供ならうっかり口を滑らせるかもしれないとの目論見が最初からあって接触してきたのだと。


「こういうのはどうですか。近頃、電脳世界の各地で発生している不具合。ロックダウン現象については?」


 その質問に二人は思わず視線を交わした。当然それを草壁は逃さない。


「何かご存知のようですね。話してもらえないでしょうか。口外はしませんので」


 精神的な逃げ場をなくすように草壁は一歩近づいた。


「……ツナグさん」

「大丈夫。俺が話すよ。もし違うところがあったら訂正して」


 ツナグ自身もずっと気になっていたあの現象。ただ話すだけではなく彼から情報を引き出す気持ちであの時のことを語り始めた。


 §§§


「……なるほど。実に興味深いですね。まさかそんなことが起こっていたとは。特にその化け物の件と痛覚機能の件は非常に興味をそそる」

「草壁さんの持っている情報に関連するものはないですか?」


 ツナグがそう聞くと草壁は首を傾げた。


「情報には価値があるのでね。君たちにフリーで提供できるようなものはない。……と言いたいところですけど、信用して話してくれたわけですから、こちらもそれ相応の感謝を示すべきでしょう」


 そう言って草壁は自身の端末を弄った。情報はよく整理されているのだろう、それほど時間をかけずに顔を上げた。


「まず化け物の件に関してですが、これは噂されている未知のマルウェアと合致するかもしれません。マルウェアというのは悪意を持って作成されたコードやプログラムのことです。病気を引き起こす細菌やウィルスと思っていただいて構いません」

「つまりあの怪物は人為的に作成されたものということですか?」とユリカ。

「そう考えられますね。以前おこなった取材でその未知の何かに襲われたという人々から証言も得ています。みな口を揃えて『本物の痛みを感じた』と言っていました」


 その言葉にツナグとユリカは顔を見合わせた。


「被害者の中には意識不明の重体になった方も。そこで先日意識が回復したという男女へ取材を申し込んだのですが……ここから先は気味が悪い話になります」


 聞かないほうがいいかもと二人が思うより先に草壁は続きを話し始めた。


「当然、関係者以外は面会謝絶。直接会うことはできなかったのですが、看護師の方から情報を得ることできました。なんでも二人の内一人は記憶の一部が欠如していて、もう一人は記憶どころか人格ごと全て喪失したような廃人状態だったとのことです」


 告げられた内容に二人は聞いたことを後悔した。


「……もしあの時ツナグさんに助けられていなかったら……」


 ユリカはツナグの服の裾をぎゅっと握った。


「だからこそ君たちの意見は貴重なんですよ。アレと実際に遭遇してなおかつ退治したというならね。できればデータの一欠片でも持ち帰ってほしいところでしたが。まあ、贅沢は言えません」

「もし次に会う機会があれば」とツナグは答えたが、できることならもう二度と会いたくないと思っていた。それはユリカも同じようだ。


「その時はぜひここへ連絡をお願いします」


 草壁は端末上に電子名刺を表示した。受け取るか受け取らないかは二人次第。


「これから取材に行くので、もし何か関連する情報が得られればお伝えしますよ」


 万が一のことも考えて二人は彼の名刺を自分の端末で受け取った。


「今日はありがとうございました。それではまたお会いしましょう」


 草壁は軽く礼をしてそそくさと立ち去った。


「行こうか」

「はい」


 ツナグとユリカは気を取り直して再び歩き始めた。

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