CHAIN_35 中堅ダブルス -2-

「レイト先輩って謎ですよね。よく分からないというか……」

「そうだね。正直僕もあまりよく知らないし。進学を機に他の県からこっちに引っ越してきたみたいだけど」

「そうなんですか。今度色々と聞いてみよう」


 今ここでまともに話せるのは部長とツナグしかいない。とてもじゃないがリコルもダイナも話しかけられる雰囲気ではなかった。


 §§§


 インターバルが開けて第二ラウンドが始まった。


「メルコ。手綱は俺が握る。いいな?」

「……それ、あまり好きじゃないんだけどなあ」


 メルコは乗り気ではないがタオの剣幕に気圧されている。


「負けたらどうなるか分かってるだろ?」

「……うん。変身 《メタモルフォーゼ》」


 負けることへの恐怖に震えてメルコは大人しく従った。


「占術棒の心酔 《フォーチュンアドライズ》」


 タオは占術棒を変身した相方に突き刺した。それはズブズブと体の中へ沈み込んでいく。


「――んっ。慣れないなあこの感覚……」


 異物を埋め込まれた本人は思わず身震いした。


「いくぞ。占術棒の見識 《フォーチュンルック》」


 タオが手を突き出すと、


「水牛の突撃 《バッファチャージ》」


 メルコは突進よりも数段階上の破壊力を持つそのスキルを使った。


「いきなりアレが来るかもしれない」


 遠くで様子を見ていたレイトは隣のコムギにそう伝える。


「じゃああの作戦通りですね。赤鬼の金棒 《レッドオーガクラブ》」


 コムギは絵本から赤鬼を呼びだした。


「僕がしばらく時間を稼ぐ」


 レイトは物陰から飛びだして敵のいるほうへ向かった。


 一方が動きだしたことに気づいたタオは、


「ゆけっ!」


 猛進するメルコをその手で操った。占いに心酔する信者となった彼女は頭の天辺から足の爪先まで使い手のもの。


「やな感じっ!」


 自分の意思とは関係なく体を動かされることに不満を覚えるメルコ。だが単体では視界の問題で直進にならざるを得ないその攻撃に大きな幅が生まれた。


 見識のスキルが相手の位置把握を担い、タオ自身がそれに沿って暴れ牛を操作する。それはある種、新しいゲームのようで。


 メルコはバトルフィールドを平地にする破竹の勢いで次々とオブジェクトを破壊していく。木々も岩も建物も。隠れる場所がなくなっていき、とうとうレイトの姿がタオの視界に入った。


「あいつはやっかいだな」


 奇襲を恐れたタオはメルコを引き戻し、レイトに狙いを定めた。


「悪戯な芸術 《トリックアート》」


 位置情報を偽装することで少しでも相手の行動を制限しようとするレイト。思惑通り占術棒は混乱して見当違いな場所を指し示した。


「もうっ! 水牛の突撃 《バッファチャージ》」


 やれ右だ左だと目まぐるしく変わる視界にメルコは苛立ちながらもスキルが途切れないように維持していた。


「――そろそろかな」


 ほどほどに時間を稼いだところでレイトは一度わざと敵の前に姿を現した。そのあと再び隠れてコムギの待つ場所へ全力疾走。


 敵の姿をはっきり視認したタオは指揮者のように手を差し向けた。メルコはレイトのあとを追って疾駆する。


「悪戯な大鎌 《トリックサイズ》」


 後ろ手に大鎌を放って敵の進行を妨害しながら残ったオブジェクトの合間を縫うようにして逃げる。その様は忍者のよう。


 それでも純粋な移動速度は相手のほうが上回っていて急速に距離が縮められていく。


「もらったよっ! 水牛の 《バッファ》」


 メルコがそう叫んだ次の瞬間、目の前のレイトが飛んだ。


「――今だッ!」

「赤鬼の金棒 《レッドオーガクラブ》」

「――わッ!」


 突如、体が浮いて頭上に振り下ろされた金棒。何が起きたかも分からずにメルコの視界は真っ暗になる。


「……な、なんなのもう。ちょっと痛かったじゃん」


 起き上がったメルコはなんと落とし穴の中にいた。見上げるとそこには、


「上出来だよ。コムギちゃん」

「赤鬼さんに何度も頑張ってもらいました」


 笑みを浮かべるレイトとコムギがいた。


「むっ! 落とし穴なんて酷いじゃん! 水牛の突進 《バッファラッシュ》」

「ごめんなさい。赤鬼の金棒 《レッドオーガクラブ》」

「――ッ!」


 コムギは壁を駆け上がってくるメルコを金棒で再び底に叩き落とした。


「くわッ……! 先輩っ!」


 メルコのその声は遮蔽物の向こう側にいるタオには届かなかった。


「……おかしいな」


 操作の手に不可解な突っかかりを感じるタオ。思うように動かない上に体力ゲージも減っている。


「……もしや罠にでもかかったか」


 操作の感触はある。でも動けない。タオはその状況からメルコが相手に拘束されたと判断した。自身の視覚と感覚に頼っている以上、向こうの地形を把握できないのだ。


「何をやってるんだあいつは……ッ!」


 こめかみに筋を浮かべてタオは心酔状態を解除した。手もとに占術棒が戻ってくる。


 しかしそれで本当の状況は変わらない。メルコは未だ落とし穴に囚われている。見上げればコムギとその隣に金棒を構えた赤鬼。レイトの姿はない。


「――やあ」と声がしてタオは振り向きざまに占術棒を掲げた。

「占術棒の 《フォーチュン》」

「悪戯な月鎌 《トリックハルパー》」


 レイトの処理速度が上回った。蜃気楼のようにブレたあと無数の斬撃がタオに襲いかかった。


「ぐふッ……。占術棒の 《フォーチュン》」

「悪戯な大鎌 《トリックサイズ》」


 そうはさせまいと攻撃の手を次に移したレイト。首狩りの大鎌が罪人の体を横なぎに斬り裂いた。


「悪戯な反転 《トリックリバース》」


 大鎌の向きを急反転。強引な斬り返しによって追撃を与える。


「ぐはッ……。お、お前……ッ!」

「君たちふうに言うと、勝てばいいんだろ?」


 そう悪戯っぽく呟いたレイトの裏ではコムギも攻撃を続けていた。


「ごめんなさい」

「もうっ! 謝るくらいならここから出してよっ!」


 無千高校コンビは完全に連携を断たれた。個々の勝負になり彩都高校側が圧倒的優位に立った。特にレイト対タオはそれが顕著に出ていた。タオがスキルを使う前にレイトが被せて攻撃を繰り返す。


 自身の処理能力とノックバックによりなかなかスキルを使うことができないタオは苦悶の表情を浮かべて片膝をついた。


「……ここで負けるわけには。頼む。勝たせてくれ。こっちは人生がかかってるんだ」

「それはできないね」


 レイトは大鎌を振りかぶった。


「ま、待ってくれ」


 待ったなし。タオは情けにすがったが無情にも振り下ろされた。


 コムギの攻撃と合わせて無千高校コンビの体力ゲージがマイナス側へ振り切れる。


 ここで第二ラウンドと同時に第三試合が終了した。


 二ラウンド先取で勝者は多部レイト・加瀬コムギのペア。ゴングが鳴り響いて彩都高校側に一ポイントが振り込まれた。


 これで二ポイント対一ポイント。良い流れの中にあった無千高校が再び引き離される形となった。

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