CHAIN_31 先鋒シングルス -2-
第二ラウンドはテルシのスキルで幕を開けた。
「――光弓の雨 《ブライトアローレイン》」
打ち上げた矢の束が宙で分離し雨のように閃光が降り注ぐ。それは弾幕のようで上から使用者の姿を覆い隠した。明らかな人差し指対策。
「それしかできねえのかよッ! 鉄拳制裁 《アイアンフィスト》」
叫ぶダイナ。地面に拳を叩きつけて激しく吹き上がる土の壁で飛来した矢を防いだ。
「なんと言われようが一ミリでも上回れば勝ちは勝ちなんだよォッ!」
その言葉がまさに今の新井テルシを表していた。無千高校に入学してから彼を取り巻く全てが変わってしまったのだ。
勝つために。ある時から恥を捨て去った。
勝つために。ある時から罪悪感に背を向けた。
勝つために。ある時から道徳観にまで手を出した。
「光弓の速射 《ブライトクイックアロー》。光弓の雨 《ブライトアローレイン》」
必死に逃げ回りながらがむしゃらに弓を引くテルシ。その足には移動速度減退のペナルティーを示す足輪のオブジェクトが装着されていた。
「跳馬の掌 《バウンスハンド》」
ダイナはさきほどと同じようにスキルを駆使して目標を追う。相手の行動範囲がグンと狭まったことで視界不良だろうが人差し指がなかろうが常に捉えることができている。
逃げる者と追う者。子供の鬼ごっこのようなそれは観客の失笑を買った。
時間が経つにつれて徐々に二人の距離は詰まっていく。
「……くッ」
このままでは追いつかれるとテルシは焦りの表情を浮かべた。
こんなはずではなかった。滝本ダイナという男は試合前に大なり小なり怪我を負ってハンディキャップを持っているはずだった。だから余裕で勝てるはずだった。
そんな思いがテルシの頭の中に次々と浮かんでいく。
「――やっと捉えたぜ」
「うわっ!」
我に返った時にはもうすでに追いつかれていた。
「中指の衝撃 《ミドルフィンガーインパクト》」
弾性状態から繰りだす一点集中攻撃。その威力は膨れ上がった。
「弾けろッ」
ドンッと砲撃のような音がしてテルシは吹っ飛ぶ。反動でダイナも後方へ飛ばされた。
「……あ……あ……い、痛い……」
その痛みはテルシに部長・司馬トランとの対戦を思い出させた。容赦なく迫りくるあの恐怖に手が震え始める。
「……こ、降参するっ! もういやだっ!」
テルシは立ち上がりギブアップを宣言した。それを審判プログラムが受理して強制的に第二ラウンドが終了となった。
「おい、最後まで戦えよッ!」
とダイナはテルシの胸ぐらを掴んだが彼は何も言わなかった。
そのままゴングが鳴って勝敗が表示される。
勝者は滝本ダイナ。これまで彼が経験した中で最も煮え切らない試合となった。
§§§
「…………」
戻ってきたダイナはすこぶる機嫌が悪かった。何も喋らず人でも殺しそうな目つきをしたまま席に戻った。部長を含めて誰も今の彼には声をかけられなかった。
§§§
「……すみません」
無千高校サイドでは顧問によるテルシへの叱責が始まっていた。
「無様に負けた上に降参だと。この恥晒しめ。お前このあとどうなるか分かってるんだろうな? ああ? 聞いてんのか?」
「……すみません」
返す言葉がなくただ謝ることしかできないテルシ。
「くははっ。這いずり回るような試合でなかなか面白かったけどね。ねえ、部長?」
気味の悪い笑い方をする三田ネクロは司馬トランへとパスを投げた。
「……テルシ」
「は、はい……」
「今日でお前は用済みだ。残りの人生せいぜい楽しめ」
「――ッ! そ、そんなッ」
あえて人生と言ったところにテルシは大きく反応した。
「でも約束では……ッ!」
「もう退部したやつの約束なんぞ知ったことか」
「部長ッ!」と訴えるテルシを、
「俺の目の前から失せろ」
トランは鋭い視線で一蹴した。
「…………」
テルシは沈黙のままビクビクして席に戻った。
§§§
オーダー通りにいくと第二試合は能登リコル対三田ネクロ。
壇上に立った二人の間には不穏な空気が流れていた。
「くははっ。これはまさしく運命だね」
「……黙れ」
そんなリコルに対してネクロは「くははっ」ともう一笑い。
二人がDIVEに入ってもあの耳に残るような不気味な笑いはまだその場に空気に残されていた。
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