CHAIN_29 予選第二回戦、開始

 彩都高校デント部には短いようで長かったこの一週間。寝坊したレイトが待ち合わせ時刻に遅れるというアクシデントがあったものの無事会場に全員が揃った。


 オーダーを登録して選手控室に直行した一行は事前のブリーフィングをおこなった。


「まずみんなが無事にこの日を迎えることができて本当に嬉しいよ」


 部長は一人一人の顔を見ながらそう話す。


 一週間の間にダイナは何度も襲撃されたが持ち前の身体能力で追い返し、コムギは一人で出歩かなかったので何も起きなかったが、誰かにつけられているかもしれないという気味の悪い思いをした。


 部長はあれ以来襲われることなく怪我は順調に回復していた。レイトに至っては定期報告があるだけでその私生活を誰も知らなかった。そしてリコルは言わずもがな。


 ツナグは視線をリコルに向ける。その表情は普段と変わらない。


 目が合った。分かってるよなと言いたげにこちらを睨んでくる。


「みんなも分かっていると思うが、今日の相手は無千高校。卑怯な手段を差し引いたとしてもかなりの強敵揃いだ。それは出場を決行した有専高校との試合でも見て取れる」


 彩都高校デント部は全員で有専高校対無千高校のダイジェスト版の録画試合を見ていた。不自然に編集されたような部分はあったが、それぞれがどのようなアビリティを持ちどのように戦っているか対策を研究することができた。


「だから僕なりに考えてみた。純粋な実力勝負なら何が勝利のファクターになるのか。まずここ数年の間、当たり前のように本選進出を決める無千高校だけど、いつもそのあとはなぜか成績が振るわない」


 部長は話を続ける。


「それはつまり後ろ盾の力が及ぶのは地方予選まで。実力だけなら全体の中でも下のほうなんじゃないかな。部長の司馬トランを除けば」

「相手が実際の姿よりも大きく見えることってあるからねえ。それこそ精神的に追い込まれてる時とかさあ」


 レイトはぼさぼさの頭をかきながらまだ眠そうにしている。


「それからきっと相手は僕たちのことを侮ってる。勝って当然、取るに足らないってこれまでの録画試合もほとんど見てないはず。それが勝機に繋がると思う」


 あくまで勝てない相手ではないということを主張する部長にみんなは黙って同意した。


「そしてこれからが最終オーダーの確認。色々考えた結果、まずは爆発力のあるダイナ君に先鋒を任せるよ」

「おう。任せろ。ここで黙らせればしばらく寄ってこなくなるだろ」

「次鋒には安心安定のリコル君」

「……ああ」とやはり少し元気がなさそうなリコル。

「中堅のダブルスにはコムギ君とレイト君で。攻防のバランスがいいはず」

「今度は勝ちますっ!」

「任されたよ」

「副将がこの僕。あんなやつらにだけは絶対に負けたくないから死ぬ気で頑張るよ」


 そう言う部長の顔は真剣そのものだった。よほど負けたくない相手なのだろう。


「最後に大将のツナグ君。本人の希望と僕の判断でそう決めた。同じく大将枠で来るはずの司馬トランと互角以上に戦えるのは君しかいない。頑張ってくれ」

「はいっ!」

「頑張るわよっ!」


 ツナグもリンも張り切っている。それは試合とは別にもう一つの譲れない戦いがあるからだった。


「確認は以上。時間もないからそろそろ対戦アリーナへ向かうよ」


 本来ならもう少しゆっくりできたはずだが、レイトが遅刻したために開始時間が差し迫っていた。


 §§§


 もうすぐ始まるというのに対戦アリーナにはまだ無千高校の姿はなかった。


「こんなに遅れるならまだまだ寝れたじゃん」というレイトの発言は部員全員からきつく非難された。


 棄権判定が出そうな開始直前になってやっと無千高校デント部は顧問を先頭にして対戦アリーナへと入場してきた。


「ようやくお出ましか」と苛立つダイナ。


 無千高校の一同は一度も目を合わせることなく控え席に着いた。その中で一際存在感を放つのが司馬トランという男。無千高校三年生にしてデント部の部長。無表情ながらその目は冷酷な色をしていた。


「リン。いけそうか?」

「うん、いけそうよっ」

「じゃあ頼んだぞ」


 その一言を皮切りにリンはぼやけて電源が切れたかのように硬直した。


 §§§


 一方その頃、会場に姿を現したアイサはツナグがいる対戦アリーナを探していた。


「ええと第二ブロック……第二ブロック……」


 人気校や強豪校は観客席の埋まり方からして全然違った。そのため観戦チケットの倍率が他よりも高くなる。


 逆にあまり注目を浴びていない高校の試合は席の埋まり方もまばらで簡単に当日券を購入することができた。彩都高校対無千高校の試合もその内の一つ。


「……あれ?」


 空席の目立つ第二ブロックの観客席を見てアイサは何かに気づいた。


「もしかして……」


 既視感のある帽子にサングラス。隠しきれない有名人オーラを醸し出していたのはやはり氷天架ヒサメだった。


「やっぱり来てたのね」と空いている隣の席に座ったアイサ。

「君こそ。来ないと思ってたよ」


 サングラスの裏で流したその目は世の女性を虜にするには十分な妖艶さを放っていた。


「その、まあ……たまにはいいかなってこういうのも」


 アイサの中にはある種の焦りがあった。小さい頃からいつも手の届く範囲にいたツナグがどこか遠くへ行ってしまう気がしていたからだ。


「君は彼の友人だったね。彼のことよく知っているのかい?」

「よく知ってるも何も幼馴染みですから、私たち。親同士も仲が良くて昔からずっと一緒だったの」

「なら教えてほしい。彼はいったいどういう人間なんだ?」

「うーん……。どこから話したらいいかなあ……」


 伝えたいことが多すぎて上手くまとまらない。そう考えているうちに先鋒の両者が壇上に上がった。

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