CHAIN_26 見送る背中
「ツナグ! ぼうっとしてると負けちゃうわよっ!」
「ああ、分かってる」
来週の予選第二試合に向けて部員たちとともに練習をするツナグだが、あれからというもの全然デントに身が入らない。おまけにいつもいるはずの部長が今日はまだ来ていなかった。
「みんな、遅れてごめん」
休憩中そう言って現れた部長は頭と腕に包帯を巻いていた。
「それどうしたんですか、部長」とツナグが駆け寄ると、
「ああ。ここへ来る途中にうしろから誰かに襲われてね。でも大したことないから大丈夫だよ。気にしないでくれ」
部長は心配させまいと気丈に振る舞って見せた。
「絶対にあいつらだよ」とレイトが呟く。
「たぶんね。そんな脅しには屈しないと言いたいところだけど、正直僕はみんなのことが心配だよ。もしものことがあったら困るからね」
部長の望みは儚くも崩れ去り、勝ち上がってきたのはあの無千高校だった。大将司馬トラン率いる精鋭部員に完膚なきまでに叩きのめされた有専高校は現在その部員のほとんどが自信を喪失して活動を休止している。
「……大丈夫かな私」コムギは不安そうに俯いた。
「とにかく頻繁に連絡を取り合って情報を共有。できるだけ一人では出歩かないようにしよう。状況によっては出場を断念せざるを得ないけどこれに関しては了承してほしい。みんなの安全が第一だからね」
部長は冷静に今後のことを部員全員に向けて説明。ここは部長兼最年長としてリーダーシップをいかんなく発揮していた。
部員の中で唯一リコルだけがなぜか自分の携帯端末をじっと見つめたままで上の空状態だった。それに気づいた部長は声をかける。
「リコル君、聞いてるかい?」
「――ちゃんと聞いてる」
リコルは携帯端末をポケットにしまって振り向いた。
「なんか様子が変ね」
「お前もそう思うか?」と小声でリンに返事をするツナグ。
それから何度かリコルと模擬戦をする機会があったが、身が入らないツナグ以上に彼女は心ここにあらずといった様子だった。
§§§
練習が終わって解散したあとにリンがある提案をしてきた。
「ねえ、あの子のあとについていってみたら?」
「リコル先輩に? バレたらすげえ怒られそうだけど」
「私の表情解析によるとあれは何か隠してるわよ」
「嘘だろおい」
ツナグは半信半疑だったが練習中の彼女の様子は確かにおかしかったのでここはリンの提案に乗ることにした。
デントセンターを出たリコルのあとにツナグはついていく。見失わないように、だけど見つからないようにする絶妙な距離を取って。それはリンに計算してもらっていた。
リコルはスーパーマーケットに入ったあと何かを購入して出てきた。かわいらしいデザインのマイバッグを持っているという点以外は特に異常なし。
それから彼女はショーウィンドウを眺めながら商店街を歩いて古着屋に立ち寄った。結局何も買わずに出てきたが。
「……普通だな」
もっと荒れた生活を想像していたツナグはさすがに失礼だったと自分を恥じた。
「――おっと」
ここで流れが変わった。リコルは道の途中で人気のない路地裏へ入っていった。
「まさか」
何かよからぬ連中と付き合っているのではないかと思ったツナグはその足を慎重に進めていく。背中を壁に密着させてすり足で路地を覗き込んだ。
二人いる。手前にリコル、その奥に男。遠くからだとよく顔は見えない。口々に何かを言っているが声の音量からして言い争っているわけではないようだ。
しばらくして奥にいる男が何かを取り出して地面にばらまいた。男はそのまま背を向けて立ち去った。
その場に残されたリコルは一人しゃがみ込んで地面にばらまかれた何かを拾い集めていた。その様子を不憫に思ってツナグは姿を現したが、
「誰だっ!?」と振り返ったリコルに怒鳴られた。
「リコル先輩。俺です」
「……なんだお前か。とっと帰れ」
「そんなこと言わずに俺も手伝いますよ」
駆け寄ってみるとリコルが拾い集めていたのは写真だったことが分かった。ツナグは手を貸してくれたあの日の借りを返すつもりでその中の一枚を無作為に拾い上げた。
「えっ……」
ツナグは目を疑った。そこに写っていたのはあられもない格好のリコルだったのだ。ほとんど脱ぎかけの下着姿で本人が望んで撮られたものとは到底考えられない。
「――返せ」とリコルはツナグの手からその写真を抜き取った。
「先輩。これってもしかして……」
「見れば分かるだろ。盗撮されたんだ。場所は知らん。ジムか学校か」
その口調は淡々としていたが内心かなりのショックを受けているに違いないとツナグは察した。リンもその音声を解析した上で深く動揺していると結論づけた。
「さっきの男って無千高校のやつですよね。犯罪じゃないですか。すぐ警察に連絡して」
「このことは誰にも言うな」
言葉を切るようにしてリコルが言った。
「どうして?」
「前にもこういうことが何度かあったんだよ。別の学校の生徒に。その時も綺麗に揉み消された。やつらは相手の弱みを握るとそれをどこかのサーバーに保管している。被害者からすればマスターデータの存在がある限り下手に動けないし、大会への出場をやめるだけで手を引くと言うんだから条件を呑むやつは多い」
「じゃあ……」
「普通のやつならな。けど私はそんな条件を呑むつもりはない」
「でも先輩、そんなことをしたらっ!」
「舐められたままで終わらせるのが気に食わねえんだよ」
写真ごと手を強く握りしめたリコル。強い怒りを感じる。
「とにかくこのことは他のやつらには話すな。分かったな」
ばらまかれた全ての写真を拾い終えるとリコルは来た道を引き返していった。
「……リン。お前の知りたい人間の中にはああいうことを平気でやる連中もいるんだ」
「そうね。また一つ学習したわ」
ふつふつと湧く怒り。ツナグは静かにその手を握りしめた。
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