第4話 厄介な相手…それは憲兵隊長
一般病棟に通じる通路を歩きながら、なぜジュリエットが意識を取り戻さないのかをミレアは考えていた。
彼女の射撃による胸部と腹部の銃創は順調に治癒しつつありそれは問題なかった。むしろ体内組織が毒物汚染に類推されるダメージを受けていたことの方が深刻な問題であり、臓器の一部は非常に手間のかかる再生手術を実施せざるえなかった。
病院側が「毒物汚染に類推される」と判断したのは既知の毒物に分類されるものがジュリエットの体内からは検出されず、それでいて内臓細胞等があたかも毒物に汚染されたかのような症状を見せていたからである。
しかしダメージを受けた体内組織も3ヵ月近く経過したいまとなっては順調に回復していた。
なぜ意識を取り戻さないのか?
ジュリエットの自殺を図ろうとした行動は最後の瞬間に至って意識を失ったためまったくの未遂に終わっている。だからその行為自体は意識がもどらないこととは何の関係もない。彼があのときトリガーを引けていたのなら、いまのミレアが超能力者の隠蔽に飄々としていることはありえなかった。
病院側の見解では体内細胞を汚染した未知の毒物が脳に影響をおよぼした結果だという。しかしながら器質的な意味でジュリエットの脳には何の異常もない。
「高等弁務官」
一般病棟に足を踏み入れたところで自分を呼ぶ声にミレアは現実世界に意識をもどした。
詰め所の手前に立つ憲兵隊長の姿にミレアは思わず顔をそむけかけた。それは心のどこかに何かやましさのあることを認めることでもある。彼女はなるべく平然を装いながら何も答えず相手の出方を待った。
「執務室に伺ったたのですが秘書の方から軍病院においでになったと聞かされたので、非礼を承知の上でこちらに参りました」
ノエルが自分に会いに来た理由をミレアは承知していた。それはひとつしかない。だが知っていることを顔にだすわけにはいかなかった。
「重大事件でも?」
「いえ、エレボス事件についてうかがいたいことがあります。それと…もしよろしければルクレール少尉への面会許可を」
「彼はまだ意識をとりもどしていないわ」やはり予想した通りであった。「いまはまだ危険な状態なのよ」
ノエルにジュリエットを尋問させるのは何としてでも避けなければいけない。
「意識のないルクレール少尉に高等弁務官はよくお会いになられているそうですね」
単なる事実の指摘なのか、あるいは嫌味のつもりなのか、それとも高等弁務官の嘘を見抜いているのか…ミレアには見分けがつきかねた。
部下のなかで高等弁務官と面と向かってこのような口がきけるのは鬼の憲兵隊長たるノエルぐらいなものであろう。
ミレアは何も答えない。
「高等弁務官」ノエルは相手の目を見据えた。その瞳の奥には被疑者を見極めようとする憲兵特有の猜疑心があった。「エレボス事件に関してじつに興味深い発見があったことをご報告に参りました」
エレボス事件については防衛軍司令部と科学局、それに憲兵隊がそれぞれの立場で調査を実施していた。(ミレアが事件の当事者ではなくそして精神状態が健全であったならば、三者別々の調査にストップをかけ統一の事件調査委員会を設置していたことであろう)。
「そういう報告は…」ミレアはその場から歩き出しノエルの脇を通り過ぎた。「…時と場所を考えてからおこないなさい」
「ですから非礼を承知の上でと申し上げたはずです」
防衛軍司令部と科学局による調査は早々に終了した。なぜならば事件の関係者で生き残っているのはミレアとジュリエット、そしてラファエルの三名であり、人工生命体のヴァンパイアはラザフォード外に逃亡したために供述をとることは不可能で、ジュリエットについても意識が回復しないためにこれもまた供述を得ることが不可能であった(それに高等弁務官が治療に必要な者以外の接触を厳禁していた)。
残るミレアの供述のみが事件の真相に近づく道なのだが、彼女の供述内容に疑義を抱かせる部分があったとしても、供述を取る側としてはそれを鵜呑みにせざるえなかった。ラザフォードの統治者たる高等弁務官の言葉は絶対なのである。(たしかにミレアは一部をねじ曲げて供述していた。それに加えて彼女が知るのは全貌の一部にすぎないのだから、どれほど彼女が供述する気になったとしても事件の全真相を供述するのは不可能であった)。
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