第105話 変貌するレティシア
ジュリエットは二人の様子を混沌とした意識のなかで眺めていた。自分の容態がかなり危険なのは自覚している。しかし死にどの程度まで近づいているのか上手く把握できない。
とかく暗闇に包まれがちになる意識のなかでジュリエットの思考を占めていたのは、レティシアが何か自分の知る彼女とは違うものになりつつあるのではないのかという危惧であった。
「私の大切な人を傷つけた罪は償ってもらうから…あなたは苦しみながら死ぬのよ」
精神攻撃にミレアの絶叫は止まらない。
それをあえて表現するならば頭のなかでボリュームを最大限にあげた音響機器を何十台、何百台と並べて使用しているような苦しみであった。
「これは卑しさに対する罰でもあるのよ」レティシアはミレアと同じく跪いて彼女の耳元にそっと囁いた。「あなたが自分の卑しさを認めるのならば少し楽にしてあげる」
苦痛に気が集中するミレアはその言葉に気がつかなかった。
レティシアがもう一度同じ言葉を繰り返すと、ミレアはただ苦しみから逃れたい一心で首を縦に振った。
レティシアが精神攻撃を一時的に中断するとミレアは放心状態のまま微動だにしない。精神に直接作用した苦痛は彼女の心を蝕みはじめていた。瞳の色彩が正常さを欠いているのがその証である。
「あなたは生きているのか死んでいるのかわからないまま本当に死ぬのよ」レティシアは立ち上がると廃人の道へと一歩踏み出している女を見下ろしその未来像を想像した。「なぜこういう仕打ちを受けるのか理解している?」
「レティシア…」ジュリエットは力を振り絞って彼女の名を口にするがあまり高い声で呼びかけることはできなかった。「…もうやめるんだ」
レティシアはいまにも死にかねない想い人へと振り返り、ミレアを見る冷酷さとはまったく異なる表情でジュリエットを見つめた。
「喋ってはだめ。話すと危険よ。あなたは…そこで見ていて。あなたを傷つけた報いをこの人に受けさせるから」
「レティシア」喋ると胸部の銃創から耐え難い激痛がほとばしる。「その人はもう充分に後悔している。きみも気が済んだだろう。だからもうやめるんだ」
「いいえ、この人は後悔なんかしていないわ。自然災害と同じで運が悪いと思っているだけなのよ。いまのうちに殺さなければ復讐の鬼となっていつの日か私たちに反撃してくるのよ」
「殺せば同じ過ちを…」
胸から突き上げてくる激痛に耐えきれずジュリエットは気を失った。
「…私のしていることが正しいことだというのを後であなたは理解してくれるわ」
痛めつけ殺すべき相手は蝋人形のように生気がない。手を伸ばせばすぐ届く範囲に武器が落ちているというのにもはや抵抗する意志すら存在しない。
「いまのあなたはとても綺麗よ」レティシアはミレアの頬に手を触れた。「卑しさがあなたを醜くしていたのね。あなたは本来あるべき美しさを取り戻すべきなのよ。私がその手助けをしてあげる」
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