第86話 欺かれるエルフと超能力者
「脱出に成功して私ひとりが生き延びたところで何の意味があろう。いまと同じでただ生きているということにしかすぎない。私は暗闇のなかで自分を見失うだろう。しかしそれはおまえも同じことだ。おまえひとりでは生きていけない」
「ラファエル、私は気が短いのよ…遠回しな話し方はやめて」
「私はこの反乱を起こす以前から、地上で自由になった後のことを思いめぐらせていた。特におまえとのことについて」
「何が言いたいの?」
「ヴァンパイアの私とエルフのおまえは神から永遠の時間を与えられている。だからこそ私はおまえと同じ時を歩みたい。迎え入れたいのだ」そしてラファエルは言った。「我が妻として」
リリスは一瞬自分の耳を疑った。
それは紛れもなくプロポーズの言葉。
「ラファエル、あなたの隠し事って…」
「時期尚早なのはわかっている」包み込むラファエルの両手に力が込もった。「承諾してもらえるだろうか?」
「ちょっと待って」猜疑心を筆頭とするこれまでの感情は霧散し戸惑いがリリスを覆った。「とても嬉しい言葉だけど、その…私にも考える時間が」
「私はもうじき地上に移動しなければいけない。そしてその前に越えなければいけない障害がある。とても危険な障害だ。私といえども命を失う可能性がある。だからこそいまこの場でおまえの返事が聞きたい」ラファエルは切羽詰まった眼差しでコンソールシートのリリスを見上げた。「たとえ私の想いが受け入れられなくても、私のおまえに対する想いに変わりはない。それだけは言っておく」
強烈なプロポーズの言葉はリリスの心を現実の世界から隔離させつつあった。
「あなたには驚かされることがいっぱい」ラファエルに包まれる手の温もりを感じながらリリスはあどけない瞳を求婚者に向けた。「こういう幸せって些細なことがきっかけで壊れてしまいそうで…何だか不安」
「おまえは私のすべてだ。私の心はおまえなしには生きられない」ラファエルは立ち上がるとしばらく間をあけてから告げた。「もう行かなくてはいけない。最後の敵と戦うために。負ければおまえと会うことは二度とないだろう。だが例えこの身が滅びようとも来世での私はやはり私であり、おまえはおまえだ。現世での絆は来世に引き継がれ想いは実を結ぶことだろう」
「私にはあなたの言おうとしていることがまるで理解できないわ。最後の敵とか来世とか…どうしてプロポーズから話が飛躍するの?」
「それは」ラファエルはメインフレームのコンソールを操作して外で待機するジュリエットの画像を映し出した。「この男がすべての原因だからだ」
「あら、可愛い坊や」
リリスは画像に映る顔を見るなり第一印象をそのまま口にした。
「見とれている場合ではないぞ。本物の超能力者だ。我々に立ちはだかる最後の障害と言っていい。この男と少し戦ったが体に触れることすらできなかった。このままでは私もおまえも超能力の前にひれ伏すことになるだろう」
「超能力? レティシアのあのくだらない力と同じものにどうして私たちが怯えなければいけないの。魔法に較べれば超能力なんて…」
「私は『本物』の超能力者と言ったはずだ。レティシアのような未成熟レベルではない」そしてラファエルは付け加えた。「そのレティシアも早々に我々を見限ってあの男に組したぞ」
「何ですって…」リリスの目が次第に険しいものへと変化する。「レティシアが裏切ったのね。もともと役に立たない子だったけれど、そこまで卑怯な子だとは思わなかったわ」
「それを予測できなかった私にも問題はある。だがいまはそんなことを議論している場合ではない。地上の連中が地下第二層の制圧を完了しようとしている。じきにこの階層にまで進出してくるだろう。その前にすべてを終わらせなければいけない。あの超能力者とレティシアを処分し、所内に保管されている我々のデータを完全に消去するのだ」
「私が魔法で…」
「これ以上おまえを危険な目にあわせるわけにはいかない」ラファエルは相手の言葉を遮る。「すべて私ひとりでおこなう。おまえはここで私の戦いを見守っていてほしい。もし私が生き残ることができればそのとき求婚への答えを聞かせてくれないか」
ラファエルは映像に目を向けジュリエットの様子に何ら変化がないことを確認すると「ここから動くな」と告げ外への扉へと足を進めた。
「待って!」コンソールシートから立ち上がったリリスは扉までの道程を半ばにしたラファエルに駆け寄る。「行かないで! あなたを失うなんて耐えられない」
「おまえは私が負けることしか考えていないのか」
ラファエルは歩みをとめたものの振り返ることなしに告げた。
「どうして私に一言『戦え』と言ってくれないの。いつものあなたはとても冷静な状況判断を下しているのに、どうして今回だけはすべてをひとりで抱え込もうとするの」
「その理由は既に言ったはずだ」
「それは私にとっても同じなのよ。あなたがいなければ私だって生きていくことはできない」リリスはラファエルの背後から抱きついた。「あなたと私は運命共同体。お互いができることで補いあえばいいのよ。だからあの坊やとの戦いは私に任せて。私の魔法が強力なのはあなたも認めるでしょう」
「それは認める。だが…」
「答えはすでに決まっているのよ、ラファエル。あなたは未来の旦那様」抱きつくリリスは両目を閉じた。「あなた以外に夫となるべき人は存在しないのよ。私はあなたを失いたくない。あなたが死ぬのなら私も死ぬ。だからお願い…戦わせて」
「………」
自己犠牲の精神と甘美な世界に浸っているリリスは気づくべきであった。
ラファエルの狡猾な企みに。
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