第73話 謎のメール

 私は争いの場からかろうじて逃れることができたが出血の止まる気配がない。運良く姿を隠してはいるが、人工生命体や防御システムの手にかからなくても、いずれは出血多量で死ぬことになるだろう。私が行動可能な範囲に治療に必要な施設はなく、またそのための技術を持った者もすでに殺されているだろうから。


 もはや死を逃れることはできない。


 だがこれは禁じられた神の領域にたずさわった者としての報いなのだ。


 人工生命体は我々を憎悪したから反乱を起こしたのではない。自身の未来に絶望したからこそ反乱に至ったのだ。


 私は残された時間で今回の反乱に対する考察を記載し可能な限りの端末に送信しようと考えている。なぜならば彼らの反乱が成功しようとしまいと事件が収拾した後でこの研究を命じた者たちが真相を闇の中に葬るのは目に見えているからだ。


 メインフレームは人工生命体の実効下にあるようだがまだ100%は掌握していないようだ。地上との通信は不可能だとしても私のメールを所内端末にばらまいて誰かの目にとまることは期待できる。


 ラファエルが所内メールにまで頭がまわらないことを祈っている。


 彼がソフトウェア技術に興味を示したのはいまにして思えば自然発生的なことではなかったのだろう。彼はずっと以前から反乱を企てておりメインフレームを掌握することが成否の鍵だと考えていたに違いない。


 リリスによる目先の反抗は所員の注目を集めていたが、それに較べれば同じ人工生命体とはいえラファエルは長期的視野に立って従順さを装っていた。あるいはラファエル自身がリリスを煽って単発的な反抗を不定期的におこなわせていた節も考えられる。なぜならばそうすることで我々の目をリリスに釘つけとさせ自らの計画を隠蔽することができるからだ。


 反乱の最終的なきっかけとなったのは他星系への移送計画である。


 二人に対してその情報は秘密であったはずなのだがどこかの誰かがうっかり口をすべらせたのだろう。あるいは既にラファエルはメインフレームの相当部分にまで侵入しておりそこから情報を得たのかもしれない。


 いずれにせよラファエルは移送計画に危機感を抱いたにちがいない。他星系の施設に移送されれば彼の計画は水泡と化す。ゆえに彼としては望まざる時期に反乱を起こさざるえなかったのだろう。準備期間にゆとりがあれば反乱という手段ではなくもっと穏やかな方法で我々の前から姿を消していたのかもしれない。


 しかしいかにラファエルとリリスが優れた人工生命体とはいえラザフォードには軍が駐留しており、特殊能力も多勢の前には数の論理に圧倒されてしまう。彼らが現在のところ有利に反乱を展開しているのはメインフレームを手中に収め、尚かつ我々の側には貧弱な警備力しかないからである。ラファエルは地上の軍が本格的に投入される以前に脱出を図るつもりなのだろう。あるいは私には伺いしれぬ巧みな手段で脱出するつもりなのだろうか。


 だが地上に出たところでどうなるというのだ。


 ラザフォードは電磁シールドで防護されており、外部からの侵入が極めて困難なのと同じくらい内側からの脱出も困難を極める。ラファエルはその点を考慮しているのだろうか。そして彼もリリスもこの研究所内の世界しか知らない。どうやってラザフォード外の世界で生きていくつもりなのだろうか。


 周到な考えがあるのだろうか…あるいは未来なき絶望ゆえに反乱に駆りたてられてだた地上に出ることしか考えていないのだろうか。


 …私の意識が混沌としてきたようだ。だからあまり長く文章を入力できそうにもない。


 現状では確認する方法はないがレティシアも反乱に加担しているのだろうか。彼女が人工生命体であるという点だけを考えれば答えはイエスになる。しかし元来彼女は争い事を好まぬ性格であり自ら戦える特殊能力を有していない。しかしレティシアとて自由への誘惑は大きいはずだ。


 …瞼を開けていることがとても辛い。私はもうじき死を迎える。だが眠りたいという気持が先立つだけで不思議なことに恐怖心はない。


 私はレティシアの遺伝子提供者を知っている。もっともそれは地球人側遺伝子提供者のことであり残り半分の遺伝子提供者については何ら面識がない。


 地球人遺伝子提供者とレティシアはまったく同一の容貌をしている。瓜二つと言ってもいい。だがオリジナルの性格はレティシアとは対極的であり、私としては何かのきっかけで…






 メールの文章はそこで途切れていた。


 先程までお気楽な妄想に浸っていたミレアは呆然とした眼差しで文章内容に釘づけとなっていた。


「あの二人が人工生命体…」


 人工生命体が引き起こした反乱に巻き込まれ、危険なところをその人工生命体に助けられた…。


「どういうこと…なの」


 整合性のない状況推移をいまのミレアには理解することができない。これは本当に現実なのだろうか。彼女の頭に浮かんだのはこの状況下で唯一頼れる人物のことであった。


「手遅れにならないうちに…」

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