第61話 人工生命体の密談
「私は良き役者にはなれそうにもない。地上に脱出できた暁には役者以外の職業を考えるとしよう」
レティシアは返答に戸惑った。
ラファエルが冗談らしきものを口するのは、彼女が知る限りこれが初めてであった。いったい何事があったのかと思う。
「おまえは私と違って役者の素質がありそうだ。だが台本にはないことまで喋る欠点がある。アドリブはほどほどにした方がいい」
この会話が最終的に目的とするところをレティシアは掴みかねていた。
「あの男は我々が普通ではないと思っている。私が人間らしい感情的な振る舞いができず、それに加えておまえが余計な情報を与え続ければいずれは…」正体が露見するというのをラファエルは最後まで口にしなかった。「おまえはあの男をどう思う?」
「…なぜそんなことを聞くの?」
レティシアはようやく口を開いた。
「あの男は私の催眠術を破ったぞ」
「まさか…」特異体質でもない限りそれはありえない。「…でも、どうして」
「聞いているのは私だ。あの男と話していて何か気づかなかったか。特別な訓練を受けているとか、特別な能力を有しているとか」
「特には何も…」レティシアの心のなかではジュリエットが『ある特別な能力』を有しているかもしれないという考えに取り憑かれていた。しかしそれをラファエルに告げるのはなぜか躊躇わせるものがあった。「催眠術が破られたのは…たまたま偶然だったのかも」
「そうは思えない。我々と同じ人工生命体とまでは言わないが何かを隠し持っていそうな気がする。おまえの能力ならそれが判別できるのだと思うのだが」
ラファエルはレティシアの特殊能力に言及した。
「私の超能力では人の感情を識別するのが限界…心のなかを透視するなんて無理よ。感情を読み取ることだって常に成功するわけではないから」
「しかし研究所の実験ではおまえは何度か心の透視に成功していた…違うか?」
「………」
「私の計画ではおまえが機動歩兵のパイロットを連れてくる手筈になっていたが、おまえはそれ以上の者を連れて来たのかもしれないな。むろんそれはおまえの責任ではない。これは想定外の事態だ」
「彼を…どうするつもりなの?」
「おまえがあの男の心を透視できない、あるいは透視するつもりがないというのなら当初の計画を手直して処分する。危険な不確定要素を抱え込み計画を失敗させるわけにはいくまい。おまえが心の透視に成功して危険のないことが判明すれば当初の計画どおりとなる。だが透視の結果として危険なことが判明すればやはり処分するしかあるまい」
反乱には賛成していなかったが地上に脱出して自由になりたいという想いはレティシアもラファエルやリリスと同じであった。
そしてそのためには障害となるものをあらゆる手段で取り除き、行為を悔いることなく前に突き進むしかない。そうであればこそラファエルとリリスは両手を血で染め所員を皆殺しにした。
レティシアの手はまだ汚れていない。
しかし結局はラファエルと同類にならざるえない。それが直接自分の手で殺さなくても間接的に人を殺める試練はもう目の前に迫っている。
自分がジュリエットを死に導くかもしれないということをレティシアは素直に受け入れることができなかった。
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