第55話 戸惑う超能力者
「あなたの言葉…本心じゃない」ポツリとレティシアは呟く。「半分は本心じゃない。まるで何かに焦っているみたい…」
パーツをいじるジュリエットの手がとまり戸惑いの目を彼女に向けた。彼の顔に先程の冷笑は微塵も残されていない。
「…どういうことだ?」
「私にはただそう思えただけで、あなたの本心を知るのは他ならぬあなた自身だから」
親指と人差し指に挟んでいたパーツが床に滑り落ち、金属音が部屋に響き渡った。
『俺は…動揺している』
レティシアには読心術の才能があるに違いない…ジュリエットはそう思わざるえなかった。彼は足元からパーツを拾い上げるとあたかもそれに答えがあると言わんばかりにジッと見つめた。
「超能力が気になるの?」
図星の指摘にジュリエットは驚きと動揺に満ちた眼差しをレティシアに向けた。
「…そういう能力を持った人工生命体がいるかもしれないからね」
「超能力の修得には厳しいトレーニングが必要だということはご存知?」
「知ってるよ」そう答えてしまったことにジュリエットは後悔する。「…超能力の特集番組でそう言っていたからね」
「人工生命体に生まれたからといって必ずしも超能力を修得できるとは限らないわ。優れた素質を持っていてもそれを教え導く人がいなければ…」
「もしかしてきみは…超能力に関する担当を?」
「少しだけ…」レティシアは両目をやや伏がちにした。「テレパシー領域に関する研究を…これが禁じられた研究であることは承知しているけれど」
反地球活動調査委員会によって超能力の会得につながる研究は法で禁じられていた。許されるのは対ESP装置のような超能力に対抗する技術開発のみである。
この研究所はそれを反故にした。明るみにでればとてつもないスキャンダルになるのは言うまでもない。
…あるいはカミンスキー委員長を押さえつけるだけの権力が、この研究所のバックには存在するのかもしれない。
「興味本位で聞くけど…」ジュリエットはここを強調しておいた。「きみなら超能力者の区別がつくのかな?」
少女は首を横に振った。
「私に超能力が使えるのなら区別は簡単につくのだけど…そういう能力とは無縁だからESP探知器に反応する超能力者を見つけるくらいね」
「超能力を使用できれば区別がつくというのはどういう意味なのかな?」その答えがわかっていながらジュリエットはレティシアの知識を試さずにはいられなかった。「説明してくれれば有り難いのだけどね」
「超能力者は他の超能力者から自分の心を防御できるというのはご存知?」
「いや…初めて聞くよ」
「心に超能力のシールドを張り巡らせてテレパシーによる透視を妨げる能力よ」
「…超能力者というのは人の心は透視できるが、自分の心は誰にも読ませないわけだ」
自分の言葉ながらもジュリエットは口の中で何かほろ苦いものが広がるのを感じていた。
「シールドによって心を透視することのできない人がいればそのシールドの存在自体が超能力者であるという証拠。もし意図的にシールドを張り巡らせていなくても心のなかを透視すれば超能力の有無はすぐに判明するから隠しようがないわ」
「なるほどね」
まさしくレティシアの説明する通りであった。
「超能力者への有効な対抗手段って対ESP装置ではなく同じ超能力者なのかも」
「………」
機械による超能力探知から逃れるためには、超能力を使用しなければいいだけのことで、それほど恐れる必要はない。
だが、超能力者を探知器代わりに使いはじめれば、レティシアが言うとおり逃れる術はない。
反地球活動調査委員会が教条主義的な超能力否定をおこなう限りにおいては「超能力者には超能力者を」という発想はでてこないだろう。
しかい、そのうちに柔軟な思考の委員長が登場して、超能力者を用いた弾圧がおこなわれる可能性は十分にありえる。
現にレティシアがその有用性を口にするのだから他に同じようなことを考えている者も存在するはずだ。
「どうして超能力に興味を…?」
「その理由は先程言ったはずだけど」
「それだけとは思えない。あなたはまるで…」
「まるで?」
「…答えを知っていながら質問しているみたい」
ジュリエットはパーツの結合を続行してレティシアの疑念をうやむやにした。
『勘が鋭い女だ…』
パーツの結合音が静かに鳴り響くなかでジュリエットを眺めるレティシアの真顔は不動のものになっていた。
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