第52話 生存者
「バイオハザードの心配はないですよ、ルクレール少尉」もう一人の生存者は淡々とした声で告げてきた。「ヘルメットを外されてはいかがですか」
レティシアに案内された部屋には彼女が言うところの「もう一人の生存者」と高等弁務官がたしかに存在していた。
何よりも優先される救出目標はベットの上で静かに眠っており、生存者二人の話によれば特に大きな外傷等はないということだ。
「お心遣いは有り難いですが、作戦規定なのでいまは外すことができないのですよ」
その男の名はラファエルと言った。
レティシアと同じで姓名の区別はないということだ。
「携帯酸素の残量がゼロになっても外されないつもりですか? …失礼ながら現在の状況では我々が地上に出るまでにはまだ相当の時間がかかるように思えますが」
的確な指摘であった。エレベーターのコントロールが回復しない限りジュリエットも救出を待つ身であり、とてもではないがパイロットスーツの携帯酸素が残存している間に救援部隊が到着するとは思えなかった。
相手のこだわりに若干の違和感を覚えつつもジュリエットはヘルメットに手をかける。
『いまは無事だとしても数年後に遺伝子障害が発生したら…』
そのときは戦時公務災害を申請すればいいさ、と彼は自身の弱音に言い聞かせながらヘルメットを取り外した。
外部との微妙な温度差を肌で感じながらジュリエットはまとわりつく髪を払うために無意識のうちに顔を左右へと振っていた。
レティシアのハッと息を飲む声に彼は視線をそちらへと向けた。
「顔に何かついてるのかな?」
ジュリエットは笑顔を浮かべながら半ば冗談じみた口調で訊ねた。
「………」
レティシアが返答に窮しているとラファエルは横から会話に割り込み「想像していたのと随分イメージが違うようなので」とフォローらしき発言をした。
「想像?」
「固定観念と申しましょうか…武骨な軍人を想像していたものですから」
「軟弱な顔ということですね」この状況下で生存者の口から武骨などという発言がでるとは夢にも思っていなかった。「部隊でもよく言われていますよ」
「そういう意味で申し上げたのではありません。私が予想していたよりも端正な容貌なので」
いったいこの男は何を考えているのだ…とジュリエットは驚きを通り越し呆れはてた。
死ぬか生きるかの状況下でこういう会話が真顔でできる神経が理解できない。
研究員というからには何かの分野に秀でた科学者なのだろうが、あまりに頭が良すぎて常識感覚が歪んでるのではないのだろうか。
「その言葉は」ジュリエットはヘルメットを外したことを後悔しながら言った。「そのままお返ししますよ」
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