第37話 高等弁務官の命は小隊全員の命よりも重い

「…第1小隊の未帰還者1名についてはルクレール少尉も承知のことだろうと思う」


「チョウ軍曹ですね」


「他人事ではないぞ次はきみの第2小隊を投入する番だからな」


 機動歩兵隊所属の指揮車内でジュリエットはチーホノフ少佐に作戦指導を受けていた。


 通常の状況下であればこの指揮車にいる隊長やオペレーター等が指示・支援をおこなうことになる。だが今回は研究所内への通信が不可能とあって指揮車は完全に詰め所と化していた。


 第1小隊が研究所内でどういう状況にあったのかは無事に帰還した女好きの小隊長から聞かされていたので、ジュリエットも大体のことは掌握していた。


 未帰還者1名。


 そういうことはありえることだと予想してはいたが、実際に未帰還者が発生するとあまり気分のいいものではない。むろんチョウ軍曹が死んだと決めつけることはできない。誰も彼の死体を発見していないのだから。


「司令部では対ジャミング装置を地下第一層の各所に設置することを決定した。設置が完了すれば第一層の通信状態は回復する。むろんアンドロイドの再投入も可能だ。工兵が実施する設置作業の護衛は第1小隊がおこない、第2小隊は地下第二層の偵察をおこなうものとする」


「地下第二層への移動経路は?」


「資材搬入用のエレベーターを使用する。むろんトラップの設置されている可能性があるので工兵による確認作業と除去作業は実施させる」


 チーホノフは研究所地下第一層の地図をホログラフで投射し、ポインターで資材搬入用エレベーターの位置を示した。


「作戦行動時間は一時間だ」


「第1小隊のときよりも倍になっていますね」


「前回はジャミングがかかるまでにアンドロイドの送信してきた地形情報があったからな。だが地下第二層に関してはそういった情報がまったくない。それゆえに作戦行動時間を倍の一時間にした」そしてチーホノフは探るような目でジュリエットを眺めた。「少尉は小隊の機動歩兵を集団行動させる考えでいるようだがそれはやめてもらいたい」


「…その理由を伺ってもよろしいでしょうか?」


「各機を単独行動で分散させないことには一時間という限られた時間では効率的な偵察がおこなえないからだ」


「しかし…それでは戦力の分散になり相互支援体制を崩すことになります。敵の正体が明らかでない以上は密集体型で行動をおこなうべきです」


「だが敵が強力な兵器を使用すれば、狭い通路をひとまとまりで行動する機動歩兵は一瞬にして全滅することになるぞ」


「それほどまでに強力な兵器を使用すれば研究所自体が損壊を受けますよ。施設全体を破壊しかねない兵器を敵が使用するとも思えません」


「確たる根拠もない考えに小隊の運命をかけるつもりかね?」


 何かある、とジュリエットは思った。


 小隊レベルの行動にここまで隊長が口を挟むのは普通ではありえない。機動歩兵の分散にこだわるチーホノフの意図は何なのだろうか。


「…それは隊長のお考えですか?」


「わかってほしい。司令部もあせっているのだ」チーホノフはどうしようもないと言わんばかりの表情をした。「研究所の制圧は時間の問題だ。各層に対ジャミング装置を設置し時間をかけて一層ずつ制圧すればな。だが早急に解決すべき問題もある」


 チーホノフの言葉にジュリエットが思いつく答えといえば一つしかなかった。


「高等弁務官の救出ですか…」


「生存者の救出と言った方がまだ納得はいくだろう」


 つまり分散行動にこだわるのは高等弁務官を一刻も早く見つけるためにである。たしかに密集行動では発見という観点では効率的ではない。


「高等弁務官の命は小隊全員の命よりも重いということですね」


「それが現実というものだ。それに我々は軍人だ。誰かのために命を捧げるのが仕事ではないのかね」


 むろんチーホノフの言う通りでその意味ではジュリエットも納得はできる。だが地下第二層に高等弁務官が存在しているという根拠もなかろう。


 小隊全員が帰還する若しくは小隊が全滅したとしても、高等弁務官の救出には成功する…これならば成果といえるかもしれないが、小隊が全滅した上に高等弁務官はどこにも発見できなかったでは犬死ということになりかねない。


 司令部の焦りというのもジュリエットには何かしっくりしないものが感じられ、防衛軍司令あたりが高等弁務官の心証を良くするために無茶な作戦を押しつけてるようにしか思えなかった。


「隊長、作戦行動に関してひとつ伺ってもよろしいでしょうか?」


「何だね?」


「生存者が二人いたとします。一人は高等弁務官もう一人は研究所員だと仮定して、状況的に一人しか助けられない場合はどう行動すればよろしいでしょうか?」


 あまりに予想外の質問内容にチーホノフは一瞬表情をギョッとさせた。そしてすぐに思い直す。彼にはあてつけの質問に思えたのだ。


「ルクレール少尉が腹を立てるのは私にも理解できるよ。だが仕方あるまい。こういことはどこの部隊でもあることだし、むろん軍隊以外の組織でもあることだ。何なら高等弁務官本人にその質問をしてみればどうかね」そしてチーホノフは言った。「もちろん高等弁務官がまだ生きていればの話だが」

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