第44話 恋は常に攻撃?

 アミ・キサラギがラザフォード基地を訪れるのはまったくの初めてである。


 職務上何ら関係のない場所であり、それに加えて知人がいるわけでもなかったから訪れることがなければ、中がどういう場所なのか知識もなかった。


 ゲートで配布されていた基地祭パンフレットを受け取ると、そこには式典の予定表や各種装備品の展示会場についての案内が掲載されていた。


「機動歩兵…」


 展示会場の一角を示す文字をアミは無意識のうちに呟いていた。そこには目的とする人物がいるかもしれない。だが確信はなかった。


 軍人と来訪者でまばらに混み合う道路を歩きながら、いったい自分は何をしようとしているのかとアミは自身に問いかけた。展示会場へと赴きそこに目的とする人物がいたとして、自分はどう行動すればいいのか。


 そもそも何が目的なのか。


 自身でも自分の心情が理解できぬまま勢いに任せて来てはみたものの、確たる意志がなかったから霧のなかを歩いているように行き当たりばったりの様相をなしていた。


 自分の気持ちを直視できていない、とアミは思った。そしてレイチェルには勇気がある、と。


 彼女の同僚は自分の気持を直視する勇気があり、これと思った異性には積極的にモーションをかけている。


『私は自分の気持ちに負けている…』


 そう…異性そのものに勇気がないのではなく、ありえるかもしれないマイナスの結果を思いめぐらせる自身の気持ちに委縮しているのだ。


 機動歩兵の展示会場は遠目にもすぐにわかった。


 全長5メートル程の兵器は何よりの道標になっていたからである。


「あの人…」


 機動歩兵の脇で足場を見上げている軍人が目的とする人物であることをアミは間違いなく見て取った。


 目が合わぬうちにあわてて近くの物陰に移動すると、これからの行動に頭をめぐらせる。『今日はいい天気ですね』という社交挨拶はいかにも馬鹿げたように思えた。


 しかしこれは二度とないチャンスである。


 次回の基地祭が開催されるまではここに来る名目は存在せず、基地の外でこの人物と出会える確立は現段階ではゼロに等しかった。


 ではどうすればいいのか?


 面と向かって異性と話すというのは仕事以外ではほとんどなかったので、これといったいい考えは思いつかない。だいいち今回上手く会話に持ち込んだにしても次回以降につなげるのは…。


 クスクスという笑い声にアミの思考が途切れた。


「考えてるだけでは恋は芽生えないわよ、アミちゃん」


「レイチェル!」


 声の主の正体にアミは心臓が停止しかねない驚きを感じた。どうして同僚がここにいるのだろうか。


「どうせこんなことだろうと思って基地にまで来てみたけれど…案の上ね」


「…後をつけてきたの?」


「アミちゃんはふらふらしてて目立つから、尾行するのはとても簡単だったわよ…と言いたいところだけど、基地に知り合いがいるから基地祭の見学も兼ねて来てみたの。まさかとは思ったけどあなたの姿を見かけるとはね」そう言ってレイチェルは機動歩兵脇の軍人に視線を向けた。「あの人、この前の画像の人でしょう?」


 アミは自分でもそれとわかるぐらい顔が真っ赤になっていた。そういうアミの反応をレイチェルは楽しんでいるかに見える。


「そうか…片想い、か」


 同僚の指摘に何も答えられない。


 下手に言い訳をすれば揚げ足をとられそうでアミには言うべき言葉が思いつかなかったのだ。


「まったく仕方ないわね。我が友の恋を成就させるためにこのレイチェル様が一肌脱ぐしかない、か…来週のお昼ご飯はアミちゃんの奢りだから覚悟なさい」


 レイチェルはアミの手首を半ば強引に掴むと機動歩兵の展示会場に向けて前進をはじめた。


「ちょ、ちょっと…」


 予想もしない同僚の行動にアミは慌てた。


「アミちゃん、恋は常に攻撃…いい加減あなたも自分から行動することを覚えなさい」

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