第34話 生命は大宇宙の泡

 ケーキの断片を両手に抱える子竜は初々しい瞳でそれにぱくついていた。


「ジャファル殿のお話はすべて興味深い」ティーカップを受け皿に戻した王女の目は爛々と輝いていた。「いつの日か私も天界を駆ける船に乗ってみたい」


「いまはまだ無理でしょうが。できれば私が大使に在任している間に実現させたいものですな。地球への使者という名目がいいかもしれません」


「…ジャファル殿にひとつ質問があるのだが、無礼にあたる質問なので気に障るようならば無視していただいても構わない」


「何なりと」


「天界人は異様なまでに若い者しか目につかない。我らエルフ族は生まれつき長寿だが、天界人は偉大な術で不老長寿に成功したと聞いている。それなのに…なぜサンサル殿はお年を召しておられるのだ?」


 ジャファルは小声で「ふむ」と呟くとカップの紅茶に視線を移した。


「私は自然の道を尊重したいのです。人為的な術で寿命を延ばし若返ったところで死を逃れることはできません。そもそも生命というものは大宇宙に現れた泡のようなものです。現れた次の瞬間には既に消えているのです。泡は無数に出現しては消えるもの。生と死は次の世界への扉にかすぎず本質的にはどちらも同じ現象なのです。自我に固執する者だけが現世に執着し、死を何よりも恐れます。そして生の本質をはき違えて老化抑制にすがりつき、愚かさ醜さを増長させるのです。私は神が与えてくださった天寿で満足なのです。毎日を懸命に生きることで私は死をありのままに受け入れ、次の世界に旅立ちたいのです。残念ながら短命の私には老化抑制の同胞も王女殿下のエルフ族も理解することはできません」


 ジャファルは一気に話し終えるとカップに残っていた紅茶を飲み干した。


「王女殿下、時間で御座います。積もる話は山ほど御座いますが、これ以上の滞在を認めることは現段階では不可能なのです。リーヌ・エルシオンまで送迎いたしましょう」

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