第26話 最高執政官の命令
突如、ビビ~っという音が館内放送で響き渡る。
一瞬すべての者がその場に凍りついた。
『ただちに処置を中止せよ』
音に引き続く館内放送の男の声
「誰?」ミレアは目線を上にあげて声の発信源と思わしき装置に目を向けた。「悪戯にもほどがあるわよ」
『ただちに処置を中止せよ』声は同じセリフを繰り返した。『これは最高執政官の命令である』
「そういうあなたこそただちに姿を見せなさい」ミレアの周囲では突然の事態にざわめきが広がっていた。「意図的な業務妨害は厳罰の対象よ。わかってる?」
『繰り返す、これは地球連合の国家元首である最高執政官の命令である。高等弁務官はただちに処置を中止し、サミーラ王女の身柄の安全を図るように』
さすがのミレアもその言葉には、一瞬で頭に血が上り詰めた。
いったいどこの誰が、ラザフォードの統治者たる自分に対して偉そうな口をきけるのだというのだろうか…。
「ウォン少佐」ミレアの表情はいまにも爆発しかねない火山であった。「声の主をただちに逮捕しなさい」
鬼の憲兵隊長もさすがにこの事態は予想外とあってか、若干戸惑いを見せてはいたものの、扉に向かって足を踏み出すのは早かった。
『国家元首の命令に対する抗命は許されない。抗命は実力をもってこれに対処する』
声の内容は次第に過激さを増していた。
ミレアにしてみれば自分に逆らう者など久しくいなかったものだから、これはもう完全に喧嘩を売られているようなものである。
「できるものなら、やってごらんなさい」あともう少し感情が高まっていれば、彼女の声は怒声になっていただろう。「どうせ姿を現して物申すだけの勇気もない引きこもりでしょう。いい加減にしないと、この部屋の台に拘束して、薬物処置で二度と減らず口のたたけない場所に行かせるわよ」
しかしながら声の主の言葉に嘘はなかった。
ノエルが部屋を出ようと扉の手前にさしかかった瞬間、不意に開かれた扉から複数の男たちが室内へと乱入してくる。憲兵隊長は乱入者のタックルで体を弾き飛ばされた。
部屋にいる局員たちが唖然としている間に、サミーラが横たわっている台の周辺には人間の壁が構築された。それに処置のための端末を操作していた科学局員は、ほんの一瞬のうちに乱入者の手でその位置から引きずり離される。
「即刻その忌まわしい作業をやめたまえ」
第二の予想しない事態に活火山が休火山になったミレアは、聞き覚えのある声を耳にした。
新たに出現した人物
「大使…」予想もしない人物の登場にミレアは思わず息を飲んだ。いや、ミレアのみならずノエルもその他の者も同様であった。「いったい…」
「きみには失望したよ、高等弁務官。こういう非道なおこないが平然とできるとはね」
「大使、私は…」弱々しい弁解の言葉が口から出かかったときにミレアの理性が強烈に作用した。「ラザフォードの安全管理上、やむえない処置です」
「やむえない…? それがきみの正義かね」
予想していなかった事態にミレアは気持の上でまだ反論の備えができていなかった。
「私は高等弁務官としてラザフォードの安全を保持する義務があります」
「きみは実態がないものの影に怯えているだけではないのかね。総体的に見てこの星の住人が我々に及ぼす脅威など存在しないと思うが」そして大使は科学局員に顔を向け「処置は中止していただく…よろしいかな?」
それを拒んだところで操作端末がミレア側の支配下にないとあっては、結局のところ同意せざるえない。
彼女は少しだけ状況ができた。
この乱入者たち…大使の護衛を主任務とする警護班である。
才女にしてみれば、まさか相手がここまで実力行使してくるとは予想だにしていなかったから、何ら事前対策を準備していなかった。
普段は「のらりくらり」としか見えない老人のどこに、ここまでの行動力が存在しているのだろうか…。
若干落ち着きを取り戻したミレアは、自分の職域に口を挟まれ、あまつさえ実力行使に及ばれたことに対して、自然と表情が険しくなっていく。
「私は大使が高等弁務官の職域に不当介入されることを抗議します」そしてミレアは必殺のセリフを口にすることにした。「最高執政官の命令というのは嘘ですね」
ここから地球までの距離を考えれば、どれほど恒星間通信装置をフル稼働させようとも、短い期日の間に国家元首から都合のいい命令を発令させる調整は不可能だ。
「嘘ではない。何といっても私は「特命全権大使」の職務を拝命しているわけだからね」ジャファルは特命全権という部分を強調した。「この惑星上において私は国家元首の名代なわけだ…外交の領域には関してだが」そして言う。「これは立派な外交問題だ。よって大使である私の管轄下になり、きみは私の要請に従って支援しなくてはいけない」
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