第250話 獅子のダンジョン(2)


 俺たちは気配を消すように静かに最深層へと足を踏み入れる。

 入り口付近には血だまりとそれから交戦の跡があった。最深層はだだっ広い草原になっていた。ダンジョンの中だというのにびゅうびゅうと強い風が吹き付ける。

 天井部分はまるで外に出ているかのように明るく、太陽のようなものさえ輝いている。中の温度は比較的高く、俺は首元のボタンを外した。


「あれをみるにゃっ!」


 シューの視線の先には大きな……ベヒーモスと同じくらいの大きさのある真っ赤な獅子がいた。ロゼなんて名前がついているが、その色は真紅と言っていいなと俺は思った。

 恐ろしいはずなのに、レオガルド・ロゼの美しさに魅了される。


「防音魔法にゃっ!」


 間一髪、シューの魔法で俺たちはレオガルド・ロゼの咆哮から鼓膜を守られる。しかし、レオガルド・ロゼは俺たちじゃなく別の方向をみて咆えたのだ。


「あれは……」


 レオガルド・ロゼの視線の先には透明なキノコ……じゃない。あれは


 ——パーフィクトシールド


 とかいうタケルの大技だ。奴がスキルを唱えて剣を構えると無敵の大きな魔法盾が現れるやつ。

 レオガルド・ロゼはそれをぶち壊そうと頭突きやパンチを繰り返していた。それがあの大きな音の正体だ。


「あいつ、生きてやがった! 援護するぞ!」


 エスターとシューが走り出す。

 俺は後方支援に回りながら雷猪の牙で作った矢を構える。こんなにダンジョンが広いならナディアを連れてくればよかった。


「こっちにゃ!」


 シューの火炎魔法がレオガルド・ロゼの顔面に直撃する。


「タケル! 退避しろ!」


 俺はシューとエスターがレオガルド・ロゼの注意を引く間タケルたちのパーティーの方へと駆け寄る。

 満身創痍とはまさに彼らのことだった。死にかけの魔術師。回復術師はもう魔力が切れて息も絶え絶えだった。

 タケルも片腕が折れ、口からも耳からも出血していた。それでもタケルはパーフェクトシールドを展開し続けている。


「ヒメ、タケルの回復を」


「いや、俺じゃなく仲間を頼む」


 タケルはぐはっと血反吐を撒き散らす。その度、ちらちらと彼の魔法が揺らぐ。


「鑑定士を帯同しなかったこのバカは後回しだ。ソラ、抱えて走れるか」


 ソラは小さく頷くと回復術師の方をおぶるとダンジョンポートに向かって走り出した。

 ヒメは死にかけの魔術師の治療に入る。


「おいタケル、ヒメたちを絶対に守れ。いいな。クシナダ、ここは任せる」


 タケルは小さく頷いた。バカの説教は生きて戻ったら死ぬほどしてやればいい。クシナダはレオガルド・ロゼが近づけないように罠をかける準備に入る。


***


 エスターの剣がレオガルド・ロゼに触れるたび小さな爆発を起こす。普通のレオガルドであれば音に驚いて怯むんだが……。


「これが……レオガルド・ロゼ」


 俺は弓矢で応戦する。急所の目か口の中を狙うがなかなか当たらない。シューの魔力は残りどのくらいだ?

 エスターの方はまだ大丈夫そうだ。


「ソルト! どうにかしろ!」


 エスターの剣は奴の弱点であるはずの雷猪のツノを使っても届かない。エスターの苛立ちがビンビンと伝わってくる。

 俺は辺りを見渡す。草原、生えているのは毒もないただの雑草だ。土は乾燥し、サラサラとしている。

 そして草原の中に積もった糞の塊……いや、そういえば糞の匂いがしない。この階層にはこいつしかいないから糞の量が少ないのか。


「ソルト……?」


 シューを無視して俺は糞の塊のようなものに触れてみる。

 じゃりっと塊が削れると中には……


「エスター! シュー! こっちに奴を誘導しろ!」


「了解っ!」


 エスターとシューがレオガルド・ロゼの巨体をこちらに振り向かせる。俺はゆっくり後ずさりする。レオガルド・ロゼの視線と俺の視線がぶつかる。がるるると唸りながら奴の標的は俺になる。

 

「ほら、こっちだ」


 俺は効きもしない矢を奴の顔面に当てながらゆっくり後ずさる。奴の口の匂いがぶわっと俺の体に降りかかる。血と……獣の匂い。

 鼻が曲がりそうだ。袖で鼻を覆う。


 ——あと少し……


 ぐじゃっとレオガルト・ロゼが糞の塊……じゃなく蟻塚を踏み潰した。

 普段なら踏み潰したりしないが……今は俺たちに傷つけられて怒り状態のレオガルド・ロゼには見えなかったんだろう。

 違う……奴の足が焦げていた。多分、タケルの攻撃を食らって足の裏の触覚がバカになってたんだ。


「エスター! シュー! 離れろ!」


 俺は大声をあげながら全力でレオガルド・ロゼから離れる。蟻塚からあふれ出した蟻がレオガルド・ロゼの体に這い上がり毛の隙間に入り込んでレオガルド・ロゼに噛み付く。

 おそらく、あの蟻塚の中にいたのは爆発蟻と呼ばれる腐肉や死骸、糞などを食べる小型の生物だ。

 こいつらは攻撃……つまり蟻塚を攻撃された時に働き蟻たちが攻撃を開始する。そう、あんな風に噛み付いて、一匹一匹が爆発する。

 小さな爆発だが、何万といる蟻たちがひっついて次々に爆発するとなると……


「ギャオォォォォ」


 レオガルド・ロゼが仰け反って苦しそうな声をあげた。何万ほどの爆発が鬣を燃やし、煙をあげている。


 ——これで……


「クシナダ!」


「待ってたよ! ソルト!」


 タケルの後ろに隠れていたクシナダは草原に飛び出すと真っ赤な瞳をぎらりと光らせる。

 俺たちはタケルの方へと駆け寄り、エスターとシューがヒメの治療を受ける。俺はタケルを支えるようにして


「もう平気だ、休め」


 と言った。タケルは俺の方を見て「意外とがんばったろ……」と呟くとずっしりと俺の腕の中に体重を落とす。

 

「みるにゃ」


 シューが俺に言った。タケルもエスターもクシナダを見つめていた。クシナダはみるみるうちにレオガルド・ロゼを超えるほどの大きさの大蛇に姿を変えていた。


 ——蛇光じゃこう

 

 クシナダの低い声が響くと、暴れていたレオガルド・ロゼはピタリと動かなくなった。クシナダは大きく長い身体をくねらせるとレオガルド・ロゼに巻きつき締め上げる。

 そしてぐったりとしたレオガルド・ロゼをクシナダは


「えっ……飲み込むの?」


 クシナダはあの大きなレオガルド・ロゼを丸呑みにしたのだった。

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