第248話 頼んでも、もう遅い(3)


 ミーナがサインをする音と俺が書類をチェックする音だけが響く。静かな執務室だ。

 あれから黒魔術事件は起きず、結局俺たちも行き詰まったままだった。花街は警備の強化とサキュバスたちの外出管理が厳しくなった程度で元通りになった。

 一体何を蘇らせるための生贄と命だったのか……謎のままだった。


「休憩してきたらどうかしら」


「あざす」


「私のご飯も買ってきて」


 いつも通りだ。ミーナは俺をパシリにする。まぁいいけど。


「エリーは?」


「お願いしてもいい?」


「はいよ」


 ミーナはがっつりしたのが好きで、エリーはエルフらしく野菜系が好み。だいぶ慣れたもんだなぁ。

 本当に忙しい時はナディアを呼びつけてお使いさせるけど、今日は俺が歩いて行くか。


 ギルドの入り口でシャーリャたちに挨拶をして俺はくろねこ亭に向かう。そこそこ繁盛していて外売りのおっさんがてんてこまいだ。いもいも焼きの在庫が切れてる。もっと栽培量増やすか?


「おっ。にいちゃんランチ?」


 手伝いの子供の頭をわしゃわしゃと撫でて店内へ入る。店内はそこそこ混雑しているが、ご婦人たちがゆっくりお茶をしていたり冒険者たちがガヤガヤとしていたり……いい光景だ。


「あっ、ソルトさん。お昼休憩ですか?」


 リアが厨房からひょっこりと顔を出す。サクラがパンを焼いているようでいい香りが店中を漂い始める。


「ん、自分で作るよ」


「助かりますっ。ゾーイがギルドの方に行っちゃってて手が回ってないんですよ〜。ハクちゃん、焦げちゃう!」


 すみません! とハクが肉をひっくり返す。まぁ、ギリギリOKな焦げ具合だろう。ハクは実家が豆腐屋ということもあって手先が器用だ。シノビってのは万能でいい天職だなぁ。


 俺はリアとハクの手伝いをこなしながらランチボックスを3つ広げ、俺とミーナとエリーのランチを作る。

 ミーナにはがっつり肉サンド、ソースはさっぱりワインビネガーと玉ねぎのソース。しっかり野菜も摂れるようにサンドイッチにした。

 エリーには腹持ちの良い野菜サラダ。アクセントにカリッと揚げた銀色小魚のフライを振りかけて……極東風しょうゆソースで。とれたての野菜を一瞬だけお湯にくぐらせて甘みを出すのがコツだ。


 俺のは店のまかないリュウカ風焼き飯。余り物や切れ端野菜をたっぷり混ぜ込んで冷や飯と一緒に炒める。リュウカのスパイスで味をつければ食欲をそそる最高のまかないが完成だ。

 俺のだけじゃなく、外売りのおっさんや子供達の分も一緒に作って……。


「よし、できたっと」


***


「うふふ、ありがとう」


 ミーナは肉サンドを頬張りながら書類を眺め、エリーは中庭でサラダを食べたいと執務室を出て行った。俺もランチボックスを広げ焼き飯を頬張る。


「そうだ、ミーナさん。午後はいったんくろねこ亭に戻ります。大変そうだったんで手伝いにいかねぇと」


「いいけど……こっちの仕事は大丈夫なの?」


「ええ、持ち帰って夜片付けます」


 ミーナのカップが空になったので俺がお茶を淹れる。一応上司だし? 女性だし?

 扉をノックする音に俺が答える。「どうぞ」


「親父?」


 俺は意外な客に驚いていると、親父はものすごい表情で俺に近づき、思い切り……それは思い切り俺の頰に平手打ちをした。

 バシンという音、鼓膜が破れたのか低い耳鳴りがして脳がぐわんと揺れる。ミーナが悲鳴をあげ、外にいた流通部の奴らがざわざわと集まりだした。


「んだよ!」


「びびったのか! それとも能力が足りなかったのか! どっちだ」


 まるで獣が唸るような親父の声。これは……子供の時一度だけ経験したことがある親父が激怒した時の声だ。


「何がだよ!」


「異界の坊主のパーティーに入らなかった理由だ」


 タケル……のことか?

 そういえば数日前にタケルにパーティーに入ってくれと言われたんだったか。たしか、あいつパーティーメンバーがみつからねぇとかなんとかで俺に頼みにきたんだったよな。

 

「俺は冒険者じゃねぇし、そもそもあいつとは馬があわねぇから断った。だからなんだよ? S級の鑑定士なんて死ぬほどいるだろうが」


「はっ……、そうか。そんな腑抜けた理由か。バカ息子、あの異界の坊主が戻ってこねぇ。多分、死んだと思われるってのが第2部隊の判断だ」


「は?」


「エンドランドは最強の戦士を失ったかもしれない。あのバカ坊主鑑定士を連れて行かなかったんだ」


 あのバカ……どこまでバカなんだよ!

 

「んで、なんで俺が親父にぶん殴られんだよ」


「いわく付きのダンジョンだった。あの異界の坊主にお前を連れて行けと行ったのはこの俺だ」


「そうかよ、悪かったな」


 俺は悪くない。

 でも親父が怒っているのは俺が自分の気持ちを隠しているからだ。親父は俺が冒険者に戻りたいことをわかっていて俺を推薦した。まぁ、相手がタケルってのが問題だが、親父の気持ちを無下にした上にタケルを失ったともなれば……まぁ殴られるわな。


「お邪魔するよっ、いいねぇ親子喧嘩はぁ」


 とんでもない雰囲気に笑顔でやってきたのは極東エルフ……じゃなくてヴァネッサだった。

 ニヤニヤとしながらもヴァネッサの目の奥は笑っていない。


「あの子が帰ってこないことよりも、いまだにあのレオガルド・ロゼが放置されていることの方が問題なんだよ。ソルト」


 ヴァネッサが俺にウインクをする。

 こいつ……。


「わかった。調査だろう。俺も行くよ」


「よし、決まりだな」


 ひょっこりと顔を出したエスターは「タケルは生きているぞ。おそらくな」と偉そうにふんぞり返ったララを睨んだ。

 この姉妹……最近一緒にいることが多くないか……?

 ってかなんでヴァネッサとデュボワ姉妹が流通部に?


「タケルは戦士部の貴重な人材だ。それを救出にいく人材は私が決める。エスター、ソルト、それから魔術師にはソルトの相棒の猫、回復術師は極東のヒメとかいう生意気娘だろ」


 ヒメだな。

 

「それから、獣系のダンジョンだからうちのクシナダも連れて行くといい。麻痺がよく効く」


 クシナダはうちのだけどな。


「で、出発の前に戦士部によってくれ。ワカちゃんが歌ってくれるそうだ」


 え?

 ララがワカちゃんって言った……?

 ララは根っからの極東嫌いじゃなかったか? ワカちゃんおそるべし。


「わかった。協力してもいい。そのかわり、ここにいる幹部全員でギルド長のアロイさんに俺が冒険者の資格を取り戻すことを交渉してほしい」


 

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