第3話 猫妖精
「
「ニャ……確かにそこのエルフのお二人さんと同じ妖精族って言われてるのだ……」
ケット・シー。それがこのネコ耳少年の種族名であった。エルフやドワーフと同じ妖精族とのことだ。透明化のような術が使えることから、彼らもエルフと同じように体内に魔力を宿し、魔術を扱うことのできる種族なのであろう。
「あー……髪の毛サラッサラ……ネコ耳も可愛い……」
「いい加減、触らないでくれると嬉しいのだ……」
トモエは先程からずっと、このネコ耳少年のネコ耳や黒髪を
――こいつ、良い避雷針になるんじゃないか。
ということである。トモエの意識がそちらに集中してくれれば、自分からは離れてくれるだろう、と見立てている。
彼
「だからといって、同情してくれなんて言わないのだ……」
ネコ耳少年は沈痛な面持ちである。仲間に見捨てられたのだから、それも当然であろう。
「そんなに心配しないで……別にキミを取って食おうってわけじゃないんだから……お姉さんは食べたいけど」
「ちょっ……もうあんまり怖がらせすぎない方がいいですよトモエさん」
「本当……?」
ネコ耳少年は潤んだ目で上目遣いにトモエを見上げた。それを見たトモエの頬が、みるみるうちに朱色に染まっていく。
「あっ……もう駄目……」
「トモエさん!」
トモエは顔を真っ赤にしながら、後ろに卒倒してしまった。その鼻からは赤いものが一筋垂れている。鼻血を出しているのだ。好みの男の子に潤んだ目で上目遣いなどされては、トモエが自分の心を平常に保てるはずもない。リコウは慌ててトモエの背に手を回して起こした。
「ああ、ごめんね……あたしはトモエ。よろしくね」
先の興奮を必死で抑えながら、トモエは手を差し出した。
「ぼくはトウケン……よろしくなのだ……」
差し出されたトモエの手を、ネコ耳少年――トウケンはそっと握った。すかさず、トモエはその小さな手を強く握り返して上下に振った。その時のトモエの顔面には、終始にやにやと笑みが浮かんでいた。
***
木々の向こう側から、朝日が差してきた。トモエたち一行はトウケンを伴い動き出した。
「アンタら、人間なのにどうしてこんな所にいるのだ?」
トウケンが四人に尋ねてきた。疑問に思うのも当然である。ここは魔族国家の領内であり、そんな所に好き好んで踏み入る人間はいないからである。一応ヤタハン砦から発した密偵がエン州内に入り込んではいるが、彼らは少数であるのと、魔族たちに紛れ込めるように気をつけているため、トウケンが知らないのももっともだ。
トモエたちは、彼に目的を教えなかった。当初、トモエが彼の疑問に答えようとしたのだが、
「こいつは怪しい。行先を教えた後に逃げられでもしたら、こちらが危険な目に遭うかも知れない」
と、リコウが反対したのである。
「……リコウの言う通りだ。彼は信頼が置けない」
エイセイもそれに同調した。二人に言われては仕方がない。そうして、トモエは思いとどまったのである。
トモエたち一行は川沿いの平地を歩いていた。幾分か歩きやすい道が続いていることが、一行には有難かった。もう上り下りの激しい山道は勘弁である。
ところが、彼らに災難が降りかかった。何処かで聞いたような、何か大きな生き物のせわしない足音が、トモエたちの耳に入ったのである。
現れたのは、川から上がってきた陸鮫であった。忘れた頃の再登場である。陸鮫はそのまま何の工夫もなく一直線に突っ込んでくる。
「またアンタかぁ…フカヒレにされに来たのね!」
即応したのは、トモエであった。突進してくる陸鮫の進路に敢えて陣取ったトモエは、ハイキックでサメを迎え撃った。頬に強烈な蹴りを食らった陸鮫が、横合いに大きく吹っ飛んで針葉樹の幹に衝突する。
「まだまだぁ!」
トモエは念入りに追撃した。陸鮫はしぶとい相手であることは以前に学んだ。だから、手抜かりのないようにしなければならない。トモエは陸鮫がまだ起き上がらない内に、渾身の拳を数発叩き込んだ。拳を打ち込まれた陸鮫は、今度こそ完全沈黙した。
他に、陸鮫の姿は見当たらなかった。襲い掛かってきたのはこの一匹のみであったようだ。だが、他の個体がまだ川を泳いでいる可能性は否定できない。以前にも一度に三個体の陸鮫を相手にした経験がある以上、油断はできなかった。
「……あれ、トウケンくんは?」
トモエは左右に視線を振りながら言った。それにつられて、リコウ、シフ、エイセイも辺りをきょろきょろと見渡してみた。
「まさか……あいつどさくさに紛れて逃げたのか?」
「やっぱり……リコウの言う通りだ。あいつは信用ならない」
「駄目……もう足音も聞こえない……遠くに行っちゃったみたい……」
トウケンの姿が、消えてしまっていた。
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