第5話 軍議紛糾

 シン国軍本陣


 シン国軍総大将キュウは、帷幕の中で椅子に腰かけ、机の上に通信石を三つ並べていた。そこからは、ギ国軍、ソ国軍、セイ国軍それぞれの大将のバストアップが空中に投影されている。トモエの前世の世界では遠隔地の者同士で会議を行うウェブ会議なるものがあったが、これはそれに近いかも知れない。


「このまま包囲を続けて締め上げ、降伏を勧告して敵に奴の首を差し出させるべきです」


 そう主張したのは、セイ国軍の総大将チンシンであった。要は、総攻撃を中止せよ、とのことである。その提案に、ギ国軍総大将ホウケン、ソ国軍総大将ドウシの二名はまなじりを吊り上げた。


怯懦きょうだしたか、チンシン将軍」


 先に口を開いたのは、ホウケンである。


「大体、このまま居座ったとて、昨晩の貴国の軍のように夜襲をかけられいたずらに兵を消費するのみだ。兵は拙速を聞くも、未だ巧の久しきをざるなり、と言うではないか」


 ドウシが続けて、チンシンの提案を非難した。「兵は拙速を聞くも、未だ巧の久しきをざるなり」とは、魔族たちに伝わる兵法書の一節である。大規模な遠征軍というものは得てして戦費によって国家を疲弊させるもので、故に大軍を擁する側にとっては短期決戦こそが最も望ましい。魔族軍は傀儡兵が主体であるため兵糧の消費こそ少なく済むものの、武器、特に矢にかかる金は案外馬鹿にならない。それに加えて傀儡兵の交換用部品なども絶えず本国から送らなければならない。


「やはりセイ国は所詮商賈しょうこの国よ」


 ドウシの目に、蔑みの色が浮かんだ。それを聞いたチンシンも、当然穏やかならざる表情をしていた。眉根に皺を寄せて、如何にもご立腹といった顔である。ドウシの発言はセイ国を弱兵の国だと嘲笑しているのと同じであり、チンシンが腹を立てないはずもなかった。


「野蛮なソ国人が何を言うか!」


 いきり立ったチンシンが、声を荒げて叫んだ。ドウシの暴言に、我慢がならなかったのだ。売り言葉に買い言葉である。


「やめないか、お前たち」


 透明ながらも強さを感じさせる声が響いた。シン国軍大将キュウの一声だ。切れ長の目が細められ、ホウケン、ドウシ、チンシンの三者を一人ずつ睨みつけてゆく。

 シン国軍の総大将であるキュウは、同時に四か国連合軍全軍の総大将でもある。ホウケン、ドウシ、チンシンの三将軍も、立場の上では彼の麾下に置かれている。三将軍の顔が、一斉に強張った。


「こちらが攻めれば、敵は昨日と同じく死に物狂いで反撃してくるだろう。それに、北から後詰の援軍が来るとは考え難い。だからチンシンの言い分にも一理ある」


 チンシンの表情が、にわかに和らいだ。反対にホウケンとドウシは渋い顔をしている。


「だが恐るるべきは例のあ奴よ。聞けばセイ国軍五千が一夜にして残骸と化したというではないか。このまま囲みを解いて北に軍を進めることも考えたが、奴に背を見せることこそ最も危険であろう」

「その通りです、キュウ将軍。ですから我が軍が先鋒を務めて砦を落とし、中にいる奴めを捕らえて進ぜましょう」


 すかさず、ドウシが口を挟んだ。


「はやまるな、ドウシ将軍」


 結局、四将軍による軍議は、少しもまとまらなかった。


 その日の夜、またしても夜襲は敢行された。夜の嵐が、セイ国軍を襲った。夜が明けた頃、セイ国軍は四千の兵を失っていた。


 次の日も、連合軍は攻めてこなかった。代わりに、その布陣には動きがみられた。セイ国軍が後方に下がり、隣接しているギ国軍とソ国軍がその穴を埋めるように陣を広げたのである。


「白いのと赤いのと黒いのか……どれを狙ったらいいんだろう……」


 日が暮れる前に、トモエは目覚めた。眼下にはギ国軍とソ国軍、そしてシン国軍が兵を並べている。セイ国軍は傀儡兵を統率する武官の質が低く、与しやすい相手であった。だが、ギ国軍とソ国軍、そしてシン国軍はどうであろうか。フツリョウたちは初日に、各国の軍の様子をつぶさに観察していた。

 まず、先陣を切ったソ国軍。この軍は剽悍ひょうかんそのものであった。突進あるのみ、といった風にひたすら荒々しく攻めてくる。勢いに乗らせると危険な相手であり、単純であるが故に厄介な相手であった。

 それに対して、ギ国軍は非常に几帳面な軍であると見受けられた。しっかりと陣を組み、一糸乱れぬ隊列でぶつかってくる。そういった軍であった。つけ入る隙は少なそうである。

 そして、魔族国家の頭であるシン国の軍。山を登ってくる中に黒い旗の兵がそれほどたくさんはいなかったことから、この軍は遠巻きからの支援射撃に専念しているようであった。軍の特徴は掴めなかったが、床弩や投石機を多数並べているのはやはり脅威である。大型兵器を潤沢に用意する資力を備え、かつそうした兵器の運用ノウハウにも長けているように見える。

 フツリョウの口からトモエが聞かされたのは、そのような情報であった。


 そうして、日は没した。吹き抜ける風は冷たく、冬の足音を感じさせる。


「それじゃあ、行ってきまーす」


 トモエは手を振ると、山を一直線に駆け下りていった。

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