第3話 総攻撃

 先陣を切ったのは、赤い旗の軍、ソ国軍であった。ソ国は南方に位置しているため、北方の人間たちやエルフにとっては殆ど未知の相手である。それに続いて、白い旗、青い旗も攻め上ってきた。白はギ国軍、青はセイ国軍である。ギ国は北方で人間やエルフを盛んに攻めているが、セイ国に関してはソ国同様未知の部分が多い。

 その三色の旗印に向かって、エルフたちの魔術攻撃が降った。火球、雷撃、光線などのあらゆる攻撃が弩の射程外から驟雨しゅううのように降り注いでは、傀儡兵を次々と破壊してゆく。


「床弩隊、構え!」

「投石用意!」


 西側から南側までに幅広く翼を張った黒い旗の軍勢が、床弩や投石機などの大型の兵器を繰り出してきた。シン国軍だ。

 岩石と大型の矢が、まるで飛鳥の群れのように城壁に飛来する。


「来たぞ! 光障壁バリア、展開!」


 エルフたちが、木杖を構える。すると、砦の西側から南側までを、光の壁がすっぽり覆ってしまった。その壁によって、矢や岩石は全て叩き落されてしまった。

 本来、床弩の矢は威力が高すぎて、並の術者の光障壁バリアでは防げず貫通されてしまう。エルフ側は、これを数の力で解決した。複数人で光障壁バリアを発動し重ね掛けすることで強度を増したのである。


「俺たちも負けてられん!」


 人間側も負けじとばかりに、上から丸太や岩石を投げ落とした。これは非常の効果的で、多くの敵兵を圧し潰し、敵軍の進攻を確実に遅らせた。

 それでも、程なくして敵軍は山を登りきり、城壁の前に殺到した。まず敵兵が取った行動は、縄をかけて城壁をよじ登る強行突破作戦であった。当然、砦側も黙って見過ごすわけにはいかない。城壁の上からありったけの矢や岩石、丸太など投射し、蝟集する傀儡兵を片っ端から叩き落した。


 日は没した。敵兵の攻撃はひとまず止み、麓へと引き返していった。城壁の内部に敵兵を入れることなく、一日目の攻撃をやり過ごしたのだ。

 砦がそれほど大きくなかったのが、却って好都合だった。もしヤタハン砦が大要塞であったなら、今頃城壁の何処かから突破されていたであろう。砦が大きければ大きいほど城壁は広く巡らされ、それを守るには守備兵を薄く広く貼りつけなければならない。その為一ヶ所当たりの防備は弱くなり、突破される危険が高まる。その点、小さい砦であれば守備兵を小さくまとめることができ、効果的に守りを固められるのだ。


「これがあと何日続くんだ……」


 部屋の中で、リコウは頭を抱えていた。

 昼間の戦闘で、彼は城壁の上に立ち、迫りくる敵兵に矢を射かけていた。そこで、城壁に殺到する敵軍の威容を目の当たりにしたのである。

 圧倒的な数であった。必死で戦い何とか追い返せたものの、一日で多くの矢を消費してしまった。丸太や岩石なども、もうあまり残っていない。これでは兵糧が無くなる前に、矢の備蓄が底をついてしまう。

 望みは、一つしかなかった。直前の軍議で急遽決定された、あの作戦である。危険な賭けであるが、今はそれにすがらざるを得なかった。


「トモエさん……」

 

 夜の闇が深くなった頃、一つの人影が、こっそり城から外に抜け出た。それは一目散に山の東側の斜面を駆け下り、青い旗を立てているセイ国軍の陣地を目指して走っていった。

 月のない夜であった。陣中に焚かれた炬火きょか以外には、灯りも何もない。

 セイ国軍の陣地は、騒がしかった。炬火に照らされながら、損傷した傀儡兵が後方に運び込まれて修理されたり、逆に解体されて部品取りに利用されたりしている。

 セイ国軍の被害は、それほど大きくはなかった。彼らの被った被害は、先陣を切ったソ国軍の半分程度と見てよい。

 大将チンシンは、この出兵に利なしと見て、消極策を取ったのである。戦っても領土を得られないような戦場に五万の兵を引き出されるのは、はっきり言って大損でしかない。セイ国は伝統的に商売の国であり、利を重んじる気風がある。厳格を信条とするギ国や尚武の気風のあるソ国とは根底に流れるものが大きく異なるのだ。

 そのセイ国軍に、一つの人影が迫っていた。夜ということもあって、セイ国軍がそれに気づいた時、人影は炬火に照らされるような距離まで接近していた。


「さっさと終わらせて帰りてぇなぁ」


 セイ国軍の下級武官が、南の空を眺めながら呟いていた。大河を渡り、山脈を越えて辿り着いた北地の寒さは厳しい。もうすぐ秋も終わり、冬に差し掛かろうとしている。防寒用の装備は携行しているものの、できれば本格的に冬が到来する前に引き上げたい、というのが、多くの武官の偽らざる心情であった。

 その下級武官の耳が、異様な音を拾った。木の砕ける音である。


「な、何だ!?」


 驚いて、音のした方、すなわち西側を向いた。


「必殺!」


 女の甲高い声であった。何者かが、傀儡兵の胴に拳を叩き込み粉砕していた。すかさず他の傀儡兵たちが立ち塞がったが、それもまた砕かれた。辺りには倒れて動かなくなった木人形が多数転がっている。


「ててっ……敵しゅ……」


 そう叫んで近くにあった銅鑼を鳴らそうとした下級武官であったが、すでにその目の前に、敵は迫ってきていた。


「ひっ……」


 下級武官の顔が、みるみるうちに青ざめていく。慌てて剣を抜こうとしたが、遅かった。鎧越しに、彼の胴が衝撃を受けた。下級武官の意識は、次第に遠のいていった。

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