第1.5部 諸国連合軍侵略編

第1話 四か国連合軍

「久しぶり! エイセイくん! 会いたかったよ~」


 砦の城門前にやってきたエイセイに向かって、トモエは突っ走った。トモエはその勢いでこのエルフの少年に抱きつこうとしたが、エイセイはすんでの所で身を屈め、トモエの腕を回避した。


「トモエお姉さん! シフもお姉さんに会いたかったよ」


 シフはエイセイの後に続いて馬車を降り、自分からトモエの方へ向かった。相変らず、シフはトモエに懐いている。そして、トモエにとってもまた、シフは気の置けない相手であった。

 シフとトモエがひしと抱き合う中、エイセイはリコウの方に近づいてきた。


「エイセイ、またよろしくな」


 出迎えたリコウは、そう言って手を差し出し握手を求めた。エイセイはもじもじしていたが、やがてそっと小さな白い手を差し出して、目の前に突き出された手を握った。リコウがぎゅっ、と力強く握り返したので、エイセイは目を丸くして驚いていた。


「いいなぁ……あたしもリコウくんみたいにエイセイくんと仲良くしたい……」


 そのトモエの一言を、エイセイはあからさまに無視した。だが、一方のリコウの心境は複雑であった。


 ――自分も、エイセイのようにトモエさんに好かれたい。


 リコウは以前にも増して、トモエを気にするようになっていた。だが、彼女を見れば見るほど、異性としての目は自分に向いていないことが分かる。結局トモエは、エイセイやリカンのような小さい少年にしか、そういった興味が向かないのだ。そのことを思うと、リコウは寂しい気持ちにならざるを得なかった。


 砦の中で、トモエは城兵たちに武術の訓練を施していた。特に実戦において一番有用性のある槍術については、徹底的に叩き込んだ。若い女に武技の教えを乞うなど……と思うような男は一人もいなかった。彼らは皆漏れなくトモエの武勇伝を耳にしており、尊崇の念を抱きこそすれ、侮りの感情など起ころうはずもない。

 一方で、弓術の方はリコウが指導していた。年若いにも関わらず彼には弓射の才があり、傀儡兵の胸を正確に撃ち抜き内部の魔鉱石を砕くことができる。トモエの隣に立って数々の死闘をくぐり抜けてきた彼もまた、名声を高めていた。

 訓練だけではない。ヤタハン砦の周囲には、小規模であるが支砦しさいの建設も始まっていた。守城戦用の防備なども運び込み充実させていた。

 また、情報収集でも、人間たちは積極的に動き始めた。魔族の内情についてもそうだが、自分たちと手を取り合って魔族と対峙してくれる勢力を探すためでもあった。


***

 

 シフとエイセイをヤタハン砦に迎えてから、三日後のことである。突如、砦に急報がもたらされた。敵襲であった。


「な……大軍だと……」

「旗印から、恐らくはシン国、ギ国、ソ国、セイ国の連合軍かと……」


 城兵たちに、激震が走った。

 四か国連合軍。悪夢でしかなかった。大軍であることも勿論であるが、そうまでしてこの砦を潰しにくる敵の執念が一番恐ろしかった。敵は、本気である。


 ヤタハン砦の南には山脈があり、そこがエン国と人間たちを隔てる境界となっている。それを北側に飛び越えて建てられたヤタハン砦は、まさしくエン国による北方侵略の橋頭保であった。そのヤタハン砦を人間側が奪還した今、境界線は砦の建設以前に戻ったといってよい。山の中の見晴らしのよい場所には、人間側が設置したやぐらがあり、そこから南を睨んでいる。いざという時にはそこから狼煙を上げて敵襲を知らせることもできるのだ。

 トモエたちが帰ってきてから、砦は平穏を保っていた。それは、今ここに崩れ去ったのである。

 敵の数は、正確には掴めなかった。大きすぎる数故に、敵部隊が幅広く展開されていたからだ。それでも、十万単位の軍を動員しているであろうことは明らかである。


「どうする、打って出るか!?」

「この数で野戦は無理だ。籠城あるのみ!」

「しかし……援軍は期待できるのか?」

「援軍なんて寄越されても、助けてくれるまえに全滅だろ」


 城兵たちは盛んに討議を交わした。が、有効な手段など見つからなかった。

 たった二百人程度の守る砦でできることなど限られている。それに、援軍を頼りにしようにも、送ってくれる保証はない。援軍とはいっても半端な数ではいたずらに人命を空費する結果に終わりかねないが、エルフにも北地の人間にも強固な権力機構がなく、まとまった数の援軍を送るのは困難だ。

 結局、意見は籠城でまとまった。城兵たちはせわしく走り回り、防衛のための準備を行った。エルフたちも城壁の上に立ち、遠距離攻撃魔術を投射する準備を始めている。

 城兵たちは、半ば討ち死にの覚悟であった。逃げ出そうと思うものは誰もなかった。というのも、砦を捨てて逃げたとて、その軍隊はきっとそのまま北上して人間たちの住む村落に向かってくるに違いないからだ。自分一人逃げおおせたとしてもどうにかなるものではない。小山の上の砦にいるにも関わらず、背水の陣を敷いているのと同じであった。城兵たちは張り詰めた表情で、敵の襲来を待ち受けた。


 熾烈な戦いの火ぶたが、切って落とされようとしていた。

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