第43話 スウエンとの再戦 その2

「トモエさん!」

 リコウの叫び声が、宮中に響いた。今までほぼ無敵であったトモエが、あっさりと敵の魔術によって拘束されてしまったのだ。リコウの絶望たるや、察して然るべきものがある。

「あの時私を蹴り飛ばしてくれたのはお前だったな……やはり危険だ」

 スウエンは最初、強力な長距離攻撃や範囲攻撃を繰り出せるエルフの少年――つまりエイセイのことである――こそが最も危険だと判断していた。しかし以前の戦いのことを思い出せば、傀儡兵たちを突破して自分に蹴りを食らわせたこの目の前の女こそが、真っ先に封じておくべき敵ではないか……そう考えたのであった。

「さて、残るは少年二人か……」

 スウエンは舌なめずりをしながら、リコウとエイセイ、二人に順番に羽扇を向けた。二人の少年の立ち位置は離れており、同時に拘束されることはないはずである。

「エイセイ、同時に攻撃だ」

「うん」

 リコウは弓を引き絞って矢を射かけ、エイセイは自慢の闇魔術の一つである暗黒雷電ダークサンダーボルトを放った。二人の攻撃タイミングはほぼ同時である。同時に攻撃すれば、片方が拘束されてももう片方はそのまま攻撃を行うことができる。だが、スウエンはそもそも拘束金輪キャッチング・リングを出さなかった。

光障壁バリア!」

 スウエンは体の周りにドーム状に光障壁バリアを張った。この張り方なら、前後左右のみならず頭上からの攻撃を防ぐことができる。代わりに一ヶ所当たりの防御力は低くなってしまうが、スウエン程の魔力を持つ術者であればそれでもかなり威力の高い魔術攻撃も防ぐことができる。事実、このバリアはリコウの矢を弾き、エイセイの暗黒雷電ダークサンダーボルトにも見事耐えきってみせた。

「それじゃあこっちの番! 拘束金輪キャッチング・リング!」

 エイセイが、金輪に捕まった。身の自由があるのは、これでリコウ一人となってしまった。

「くそっ! オレがやるしか……!」

 リコウは再び、弓に矢を番えた。孤独な戦いを強いられることとなってしまったが、戦うしかない。

「させるか! 拘束金輪キャッチング・リング!」

 矢を放つより早く、リコウは金輪に拘束されてしまった。これでもう、戦える者は誰もいなくなってしまった。

 拘束金輪キャッチング・リング。実に厄介極まりない魔術である。防ぐ手立てがほぼない上に、解除の方法はスウエン本人に攻撃を食らわせることぐらいである。そして、味方が全員拘束されてしまえば、攻撃を加えることさえできなくなってしまうのだ。

「リコウ……お前が生きていることを、私は許さない。今ここで引導を渡してやるわ」

 スウエンは腰の剣を引き抜き、リコウに近づいてくる。

「ど、どういうことなんだ……何でオレの名前を知ってるんだ!?」

 スウエンはどうやらリコウに対して並々ならぬ怨恨を抱いているように見受けられるが、その理由がリコウには今一理解ができない。確かにヤタハン砦をトモエと二人で落としたことは十分危険視に値するのであろうが、スウエン個人がリコウ個人へ怨恨を向ける理由にしては少し弱いような気もしてくる。それならトモエについてはもっと激しく恨みの炎を燃やしていても不思議ではない。

「……ん? おかしい……」

 スウエンはリコウの問いには応じなかった。代わりに彼女は、何かの異変に気づいたようであった。この場にある、何かの異変に……

「……一人足りない!」

 今、金輪に拘束されている者は四人いるはずである。なのに、スウエンには。これは、明らかにおかしい。誰かが足りない。

 ふと、スウエンは背後に気配を感じた。感じた時には、もう遅かった。何かが、スウエンの背を打った。強い衝撃を受けたスウエンは、そのまま地面に倒れてしまった。

「お前は拘束したはず……何故……」

「ああ、あの輪っか?」

 スウエンの背後から攻撃を仕掛けてきたのは、トモエであった。その体を拘束していた金輪は消えていた。さらに、スウエンが周囲に視線を振ると、他の三人の金輪もなくなってしまっていた。術者が攻撃を受けると金輪を維持できなくなるのは、以前に山で戦った時と同じである。

「外せるかどうか分からなかったから、そのまま頭突きしちゃった」

 スウエンは、金輪で拘束したことで、この格闘女を無力化したと思い込んでいた。だが、腕が使えなくとも脚があり、頭もある。油断しきったスウエンの視界から外れ、不意打ちを食らわせるのは、トモエにとって造作もないことであった。

「さて、観念してもらおうかな」

 スウエンの前に立ったトモエが、拳を鳴らした。その小気味のいい音を聞いたスウエンの顔が、恐怖の色に染まっていく。同じく自由になったリコウ、シフ、エイセイの三者も、スウエンを睨みつけている。

 これで、トモエ、リコウ、シフ、エイセイ、四人が身の自由を取り戻した。四人に囲まれたスウエンは、己の不利を悟らずにはいられなかった。魔術を使いすぎて、四人を一度に相手するのはもう困難である。

 ――こうなれば、転移魔術で逃走するしかない。

 スウエンがそう思った、その時であった。

「大変ですねぇ……国君の無茶ぶりに付き合わされるのも」

 階上から、声がした。

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