第五源 静かなる時の征服者

 世界は、たった四日という短い期間で魔王軍に征服された。

 人が能力を持っただけで、人は人を弱者と呼ぶ。

 あまりにも愚かな人という存在に、魔王は微かに怒りを覚える。傲慢で強欲な弱者という人間に、魔王は憤怒を覚える。


「愚かすぎる。あまりにもクズすぎる」


 魔王は拳を強く握る。

 それを隣で見ているヤギ頭は怪訝な表情を浮かべる。

 ヤギ頭は汗を垂らすことを止めず、ひたすら汗を流し続ける。ヤギ頭の彼はポケットからYと刻まれたハンカチを取り出し、額を拭く。


「ヤギ。ここは任せた」


 魔王は立ち上がり、ヤギ頭の彼にそう言った。

 ヤギ頭の彼は魔王の表情を見ると、魔王の鋭く強ばった目は、全てを破壊するその目だった。


転移テレポーテーション


 魔王は、その場所から消えた。

 彼が現れた場所ーーそこは廃れた家屋が立ち並び、身寄りのない者たちが一日を辛く暮らしている場所。


「そこのガキを追え」


 魔王軍の男たちが小さな子供を追う。

 薄暗い夜道を、子供は脇目もふらずに走っている。

 ーー速く逃げたい。速く平凡を知りたい。静かに、ただ静かに生きたい。

 そう願った少年。

 そんな彼の前に一人の男が立ちはだかる。


「大丈夫か?小僧」


 魔王の手、それが子供に頭を撫でる。

 子供は警戒心を解き、その男に助けを求める。


「今、ボクは変な奴らに追われています。お母さんもお父さんも……おじいちゃんもおばあちゃんも……皆……助けて」


 ひどく掠れたその少年の声を聞き、魔王は並々ならぬオーラを放つ。

 そのオーラに少年は震える。


「少年、私の側から離れないようにしろよ」


 魔王は少年にそう言い、少年を追いかけてきた男たちの前に立ちはだかる。


「誰だ?お前」


 そう聞いてきた男に、魔王は正直に答える。


「私は魔王だ」


 その瞬間、追ってきた三人の男たちがお互いの顔を見合い、そして爆笑した。


「全く、嘘ではないのだがな」


 魔王は頭を掻き、笑っている男たちの内、一人の呼吸を止めた。

 その方法は手を男に向ける。

 ーーただそれだけ。

 息を吸うことも吐くこともできなくなったその男は、顔色を徐々に悪くしていき、そしてドトンという音とともに倒れた。

 他の二人の男は恐怖に染まった。


「お、お、お前、何をした!?」


「笑いすぎて息ができなくなったみたいだな」


「笑わせるな。電撃エレクト


 一人の男は手から電撃を発生させ、魔王に当てた。だが魔王は痛みすら感じず、電撃を当てた男を睨む。


「電気の使い方を教えてやるよ。電撃エレクト


 魔王もさっきの男と同様に電気を手に纏う。

 魔王はその電気を人差し指の一点に集中させた。魔王は一歩ずつ電気を放った男に近づき、息が当たる距離まで近づいた。

 男の手は震えている。


「逃げんなよ。電撃エレクト


 魔王は人差し指を男の額に当て、電撃を放つ。

 ーー即死

 男は電気を頭の一点に受け、即死した。


「あとはお前だけだが、どうする?」


 魔王はその男に尋ねた。

 男は悲鳴を挙げながら去っていった。


 魔王は振り向き、少年に言った。


「勇者は……好きか?」


 悩みを消せない魔王だから、彼はただ悲しみにうちひしがれた。

 寂しさと後悔を交わらせた彼は、ただ静かに空を眺めた。空に輝く、無数の光の点を眺めた。


 やがて時は止まり、世界は魔王の所有物となった。

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