第四源 魔王の憂鬱

 神崎天矢が幽閉されてから三日後、魔王軍は動き出した。

 全ては神崎天矢を捕らえてからするつもりだったため、このタイミングで魔王軍は本格的に動くこととなった。


「貴様ら。魔王軍の恐ろしさを教えてやれ」


 能力を得た人間たちは、今、世界という国を壊すことを決めた。

 ある者は火を操り、ある者は海を揺らし、ある者は雷を降らせ、ある者は闇という物質を生み出し、人々を飲み込んだ。


「やめ……」


「誰か……」


「よくも……」


 多くの者の苦痛に満ちた悲鳴が響き、その町の誰もが終焉を今か今かと恐怖していた。

 逃げ惑う人間を、人間が喰らう。

 愚かな光景だ。


 そんな光景を、魔王は憂鬱そうに眺める。


「おい。まだ征服しきれないのか?」


「はい。あと数日あれば征服できるかと……」


 そう呟くヤギの角を頭から生やした男に、椅子にゆったりと座る魔王は質問を問いかける。


「なあ。もし世界を征服したとしても、そこに何を得ることができる?」


 世界を征服している当の本人からの質問に、彼は少し戸惑っている。

 どうして世界を支配しようとしている魔王が、なぜなにも得ることができないと分かっているように質問してくるのだろう。

 ヤギ頭の彼はそう思った。

 だが口に出さず、彼はその問いに答える。


「世界を自由に変えられる権利ではないでしょうか?」


 ヤギ頭のその発言に、魔王は笑う。


「それはいいな。世界を自由に変えられるのならば、世界を支配することに価値はあるな。だが、意味はないな」


 突如、魔王は声のトーンを下げた。

 それは怒りを表しているのか、その実態は分からないが、結局のところ、魔王の言葉に答えがある。


「なあ。もし世界を変えれたとしても、俺のような魔王が変えたところで、ただ恐怖という支配で変えたところで何になる?」


「はあ……」


 ヤギ頭は首を傾げる。

 魔王はチラッとその行動を見た。


「もしお前が魔王に支配される側だったら、お前は魔王が創り上げた世界で楽しく暮らせるか?」


「いえ……。私だったら永遠に恨み続けるでしょう」


 ヤギ頭のストレートな発言に、魔王は頬を上げる。


「そうだ。俺が支配される側でもそうしか思わない」


「ではなぜ魔王様は世界を支配しようとなさっているのですか?」


 ヤギ頭は聞いた。

 聞いちゃいけないことかもしれないとは分かっていても、それでもヤギ頭は気になってしまった。

 ーーどうして魔王は苦しそうに魔王をしているのか。


「知っているか?正義のヒーローがどうして正義のヒーロー足り得るのか?」


「はい。世界に名を轟かせる悪党を、誰もが恐怖し怯えすくむ存在を、正義の味方が命がけで戦って、そして勝つ。だから正義は正義足り得るのです」


 その解答を聞き、魔王は少し嬉しくなった。

 魔王が何を成そうとしているのか、ヤギ頭はうっすらと理解していた。


 どうして彼は魔王という存在を苦しそうにしているのか?

 どうして彼は神崎天矢に希望を抱いているのか?

 どうして彼は死んだ目をしているのか?


ーーねえ。魔王って何?

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