第二章 『偽りの神』

 一人の人間が、神の宮殿内を堂々と歩いていた。

 神崎天矢とすれ違う度、神は神崎天矢を怪訝な目で凝視している。


「人間が神の宮殿を歩くとは」


「神殺し?神は神を殺しませんよ」


「何が神ですか?どうせ戦闘に不向きな神と戦っただけでしょうに。神というのは強くないですのに」


 多くの神は神崎天矢を嫌っている。

 それもそのはず、神崎天矢は同士を殺している。


 神崎天矢は神たちから不審な目で見られようとも、彼は堂々と歩いた。

 彼は誰よりも多くのことを学び、誰よりも苦しみを味わってきたから。


 血に染まる仲間。

 鉄の生臭い感触。

 命の脆さ。


 誰よりも多くのことを学んできたからこそ、彼は遊びという楽しいことを笑顔ですることはなかった。


「ヘルメス様。私と一戦、交えませんか?」


 神崎天矢はヘルメスにチェスで使うキングの駒を見せる。


「いいね。同じ神殺しとして君の力を試そうではないか」


 ヘルメスもまた、神崎天矢と同様に神殺しであった。

 ヘルメスは神でありながら神を殺した。

 神崎天矢は人でありながら神を殺した。


 この二人は似ているようで似ていない。


 ヘルメスと神崎天矢は暗く閉ざされた小さな一室で、机の上にチェスの盤を置く。

 二人は向かい合って座る。


小さな灯火ライトアップ


 ヘルメスは指を振ると、その小さな一室に光が灯る。


「じゃあ始めようか」


 ヘルメスと神崎天矢はチェスを始めた。

 だが勝負は思っていた以上のスムーズに進んだ。

 たった五十ターンで、神崎天矢の駒はキングだけとなった。対してヘルメスは全ての駒が残っている。


「神崎天矢。君は勝とうとしていないな。それはなぜだ?」


「私はこの勝負に勝利を望んでいたわけではない。ただ時間稼ぎをしたかっただけだよ。君のような策略家が戦場の指揮をすれば、我々の兵はすぐに死んでしまうからな」


 そう呟いた神崎天矢は、自分のキングの駒を逆さまにした。


「下克上、ということか」


 神の世界において、キングをひっくり返すということは、人が神を殺すということ。だが神崎天矢は既に神殺しを果たしている。

 なら神崎天矢がキングを逆さまにすることに何の意味があるのか?


 神殺しをしている者がキングを逆さまにするイコール、神の頂点に立つ。


「随分と大きく出たね」


 さすがのヘルメスでも苦笑い。


「ヘルメス様。私は完璧主義でして、敗北するルートを全て計算してから作戦を開始するのです。なのでぜひ私を倒してみてください。神に挑む人間を、倒してみてください」


 神崎天矢は笑う。

 神の世界に終焉をつれてこようとしている彼は、今まさに、計画の一部を既に発動させていた。


「神殺しの次は神の頂点に立つ、か。昔の僕そっくりだね。でも、くれぐれもヘラという女には気をつけた方がいい。あいつも相当ヤバイよ」


 ヘルメスは立ち、その場を後にする。


「では、私も行くとするか」


 神崎天矢は神に挑む。

 そこが修羅の道だと分かっていても。

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