第弐話 どうして君は遠くに行ってしまうの
「狛犬。速く来て」
彼女は楽しそうに笑い、狛犬を呼ぶ。
狛犬は楽しそうにしている彼女に少し微笑みながら、彼女のもとに小走りで急ぐ。
「遅いよ。あ、見て。始まったよ」
狛犬と彼女は河川敷でいつものように寝転がり、夜空に咲く花火を静かに見ていた。
狛犬は少しドキドキしていたが、それは彼女も同じことだった。
「狛犬……」
意味もなく彼女は狛犬の名前を呼ぶが、狛犬は不快に思わず、彼女が自分の名前を呼んでくれていることに喜びを感じる。
「ねえ狛犬。君は好きな人とかいるの?」
その質問に、狛犬は激しく動揺する。
「もう、狛犬驚きすぎ。教えて」
「でも……」
「教えて……」
いつになく積極的な彼女に、狛犬は心臓の鼓動を速く打たせる。
ドクンドクンと膨らむ心臓は、破裂してしまうのではないかという心配感を与えるが、狛犬はそれどころではない。
今思いを伝えるべきが、狛犬は悩んでいた。
昔からずっと大好きだった彼女に、告白する機会は今しかないと思ったからだ。
「実は……」
狛犬は今、決心した。
たとえフラれたとしても、思いを伝えると。
「ボクは、お前が大好きだ。お前の優しいところも、お前のそのかわいい笑顔も、ボクは全部大好きなんだ。だから……付き合ってくれないか?」
「うん。いいよ」
彼女は満面の笑みで狛犬の気持ちに答えた。
すれ違い続けた二人は、今ここでやっと重なった。やっと二人は結ばれた。
「ねえ。じゃあちょっとデートしてくれない?」
彼女はそう言って立ち上がった。
狛犬は彼女の後ろをもじもじしながらついていく。
友達から彼女に変わると少し緊張して話しかけづらいという感情に狛犬は陥っている。
狛犬は何度を口を開くが、それはただ開くだけ。
彼女も少し緊張していて、狛犬顔を直視できていない。
そんな不穏な空気が漂う中を、狛犬と彼女は幸せそうに静かに歩み出す。
彼女が狛犬の手を引っ張って連れてきた場所。
ーー初めて会った場所
河川敷をまたぐように造られた大きな橋。
自動車やバイクがうるさく通る橋の端に、人一人通れるほどの小さな歩道がある。
そこを、昔の狛犬は歩いていた。
「つまらない」
と呟く彼は、心の隙間を埋めてくれる誰かを探していた。
彼は孤独ではない。ただ彼は疲れていた。
自分の望んだ世界がそこにないと知っていたから。
自分はただ周りに流されて行動しているただの空気であるから。
いつか失ってしまうと思えば思うほど、彼は虚無感に襲われる。
もう何もかも捨てようと、彼はその橋から飛び降りようとした。
「あなた。一体何をしているのかしら?」
狛犬の前にいたのは、彼女であった。
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