狛犬物語

第壱話 白髪が揺れる河川敷

 ーー白宮狛犬。

 白髪を風に揺らし、彼は誰もいない原っぱで横たわっていた。

 虚構なる心にポッカリと空いた穴に吹く風は、彼の小さな体を空へ飛ばそうとしていた。


「今日もまたここにいるのですか?」


 原っぱで横たわる白宮狛犬に、彼女が呆れたような口ぶりでそう言った。


「またお前か。何の用だ?」


「もう。何とは何よ。心配してきてあげたのに」


 彼女は口を膨らませ、腰に手を当てて怒りを露にする。だが狛犬はその怒りをスルーして、彼女をさらに怒らせる。


「もう。無視しないでよ」


 彼女が怒っているのを見て、狛犬の頬は少しだが上がる。


「もう。私も寝る」


 彼女は髪を耳にかけ、狛犬の隣に寝る。

 狛犬は悪い気をしていないのか、彼女が寝るのを止めさせはしない。


「狛犬。あなたはいつでもマイペースですね」


 彼女がそう言って笑うと、狛犬も心なしか、楽しそうに微笑んだ。

 彼女は狛犬が笑っている様子を見て、嫌われていないのだと心からホッとした。


「狛犬。どうして君は周りに合わせようとしないのですか?」


「合わせる必要はないんだよ。そもそも周囲に合わせたところで、何かが変わるというわけでもないんだし、だったらボクは周りに合わせず、自分の生きたいように生きる」


「相変わらず、君という人間は少し変わっていますね」


 彼女は狛犬を羨ましそうに褒めた。


「なあ。どうしてお前はボクにかまおうとするんだ?」


「ーー好きだから」


「え!?」


 狛犬は顔を真っ赤にして動揺する。

 それを見て、彼女は口を押さえて笑う。


「嘘ですよ。もしかして本当だと思ったんじゃありませんか?」


 彼女にしてやられた狛犬は、顔を真っ赤にしながらも立ち上がった。

 数歩前に進み、狛犬は彼女に背を向けて言う。


「知ってるか?魔法っていうものを」


「魔法ですか!君もそういうものを信じるようになったんですね」


 彼女は嬉しそうに言う。


「なあ。もしお前の病気が治ったら……その時は……」


 だが狛犬は言葉を断つ。


「狛犬。何を言おうとしていたのですか?」


 彼女は狛犬の顔を覗き込むように聞く。

 狛犬は顔を背け、その言葉を閉ざした。


「そろそろ帰ろ。お腹空いたでしょ」


 狛犬はお腹をぐううと鳴らす。

 彼女はやっぱり、と思って笑い、狛犬の手を掴んで家に帰る。


「今日はチャーハンだよ」


「今日はじゃなくて今日もだろ」


 狛犬と彼女は、ここから始まった。

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