第52話 弥助
「久遠。投げてみろよ」
神墓の気迫に、久遠は押されている。
久遠は震えながらも、投球フォームに入る。そして思いっきり腕を振りかぶり、球を投げる。
「ーーストレート!? しかも遅い!?」
神墓はその遅い球を見て、つい笑みをこぼす。
「久遠。怖じ気づいたのか?」
神墓はゆっくりと進む球に狙いを定め、思いっきり振りかぶる。
神墓が降ったバットには久遠の投げたボールが命中するーーだがボールは神墓のバットを回転し、捕手の手の中に収まる。
「ストライク!?」
この球は甲子園で優勝した高校のある男が使っていた変化球だ。つまり久遠はーー球をコピーした!
神墓は久遠の球を見て驚きを隠せずにいる。
神墓は硬直している。
久遠はというと、勝ち誇ったような表情を見せつけている。
あと二回の中であの特殊な変化球の攻略法を見つけなければ、このままアウトになってツーアウト。
さすがにツーアウトになって俺のターンになった瞬間、俺の空振りで終わる。
「さすがに強すぎるーー」
誰もがそう口をこぼす。
その球は甲子園ですら数回しか打たれたことのない球。それを俺たちが攻略するのは極めて難しい。
だが神墓は何かを見破ったようだ。
「来いよ。あの球」
久遠はさっきと同じ球を投げる。
だが神墓は打とうとしない。このままでは球が捕手の手の中にーーと思ったが、球は神墓のバットに触れていないというのに回転した。
「やっぱりか」
神墓は回転し終わった球を、横腹をえぐるように打ち飛ばす。球は観客席まで飛び、9ー3となった。
「いいよ。もう……俺の負けで」
久遠は自慢の球を打たれたことにより、心が折れてやる気を失った。
それにより、倉橋高校は棄権という形で試合を辞退した。
俺たちは弥助が運ばれた病院に走る。
弥助がいる病室につくと、弥助は包帯を巻かれて窓から外を見ていた。
俺たちが入ってきたことに気づくと、弥助は俺に一つ質問をしてきた。
「試合……勝ったの?」
「ああ。勝ったよ」
俺はそう言うと、弥助は涙を流しながらこう言った。
「俺も……その場所にいたかった」
この大きな試合に幕が降りたというのに、俺たちの心には、虚しさだけが小さく残った。
その頃、野球場ではーー
「先生。試合は勝ったようですが、倉橋高校の降伏により勝利したというではないですか。やはり神崎という男にはあまり期待しないでも良いのではないでしょうか?」
白髪の少年は、金髪の女教師に話しかけている。
「お前。神崎翔という男が所有している力絵御知らないのか?」
「知りませんよ、弱者の力は」
そう言う白髪の少年に、金髪の女教師は背中を向けて言った。
「ならお前自身の目で確かめてみろ。あいつがーー神崎翔がどれほどの器かということを」
だが白髪の少年は笑いながら言った。
「分かりましたよ。ですが、そちらもへまはしないように頼みましたよ。
「お前もだぞ。狛犬」
彼らの会話とともに、この学園に波乱が巻き起こされるのを、まだ神乃学園の全生徒は知るよしもない。
彼だけを除いては。
「さあてと、始めようか。ゲームを」
神乃学園の屋上に集まる三十名ほどの生徒。
彼らの目的は一体。
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