第8話 手紙とは

「んー、開けられない」


 アンズが手紙の中身を気になり出したのは、出発してから1日が経った頃だった。

 バイクに乗りっぱなしで退屈なのだろう。


「開けちゃダメだ」


「なんでー?」


 とはいいながらも、アンズは手に持っていた手紙をしまってくれた。

 

「人の想いが詰まっているんだ。たった一人に向けた想いだよ」


「大切!」


「そう、だから見ちゃダメ」


「ダメ!」


 荷台に揺られながら、アンズはほっぺを膨らませた。

 可愛いところもあるもんだ。


「ねえ、あとどのくらい?」


「すぐさ。アンズって百回言う方が時間がかかる」


「ほんと?」


 アンズはすぐに、自分の名前を呟き始めた。

 

 実際、次の街は想定どおりすぐに着いた。街というより、村に近いかもしれない。小さな街だった。

 想定どおりじゃないことがあるとすれば、街が炎に包まれていることだった。


 *     *     *


 酷く焦げた匂いがする。

 街は日本よりも小さく、まるでゲームの世界に出てくるような西洋式だった。そのあちこちから火の手が上がっている。


 肉が焦げたような臭い、そして悲鳴。


「なに、これ」


 街の開けっ放しの門にバイクと止めて、中の様子を伺ってみる。

 

 その時だった。


「いやああああああ!」


 いきなり背中に炎を背負った女性が走ってきた。


 アンズが目を丸くして動けなくなっている。

 俺は上着を急いで脱ぐと、地面に倒れこんだ女性に覆いかぶさった。


「じっとしていて! 今消しますから!」


 隙間なく上着で炎を覆うと、無事に炎は消えた。

 だがまだ街中の喧騒は消えていない。


「あ、ありがとう」


 女性の背中は、服が燃えて肌があらわになっていた。肌はほんのり赤みがかっていたが、幸いひどい火傷ではなさそうだった。

 

 自慢だったであろう銀髪の長髪も、今ではセミロングになってしまっている。


「一体何が」


「クリュエルの軍団が——!」


 全身の肌に針が刺さったような衝撃だった。 

 

「どうしてここに」


 ここはシュヴァリエ国の最東部。クリュエルとの国境が近い。こっちは最短距離で世界樹を目指しているっていうのに。

 シュヴァリエの人たちからアンズを庇うだけでも精一杯なのに、クリュエルとシュヴァリエの戦争に巻き込まれたら対処ができない。


「その魔導具、もしかして騎士団の方ですか」


「あ、いや」


「助かった……。どうかお願いです。私の娘がクリュエルの兵士に捕まってしまったのです」


 俺の頭は洗濯機みたいにぐちゃぐちゃに回っていた。

 クリュエルとシュヴァリエの戦争の理由はニーナに聞いた。でもそれは領土争いなはずだ。

 クリュエルはシュヴァリエに取られた領土を取り返そうとしているが、そもそも領土を取られたのは何百年も前の話で、取った取られたを繰り返しているらしい。

 そして最初にどっちに取ったかも謎のまま。

 よくある話だ。


 アンズたちリトス人を狙う理由も戦争が原因だ。

 俺の世界じゃ核兵器、リトス人はそういう立ち位置らしい。


 だからこそなぜ、クリュエルがシュヴァリエ人をさらったのか。


「どうして、ここが襲われたんです?」


「リトス人がいるって」


「でもリトス人は尖った耳が特徴じゃ……」


 アンズが反射的にフードの端を掴んだ。 


「そんなのリトス人は魔法で隠せるって言ってたわ!」


 女性はヒステリックに叫んだ。


「本当に私の娘なのに、奴らは街の女の子を何人かさらったの。珍しい銀髪の髪の少女は全員」


「銀髪」


 それで十分だった。奴らはアンズを探している。

 

「どうか助けてください。あの子はたった一人の私の子どもなんです」


 悲痛な叫びに耳を塞げたらどれだけよかっただろう。

 今からでも見なかったことにして逃げてしまいたい。俺は何もできない一般人で、助けられないんだ。


 アンズのためを考えたら、ここは逃げるべきだ。

 そのうちシュヴァリエの騎士団もくる。きっと先日までいたオルキデのような大きな街から援軍が。


 そうなれば、フラムたちに見つかってしまう。


 それだけは避けないといけない。


 言えよ、俺。僕にはできませんって。


「……す、すみませんが」


 罪悪感から女性と目を合わせられない。

 アンズならわかってくれるだろうか。なんて馬鹿馬鹿しくも、アンズを見てしまった。

 

「アンズ?」


 アンズの顔色が悪い。

 昼間の日光が当たっているはずの肌も、月の光が当たっているみたいに白かった。


「私のせいだ……。私が逃げたから」


 嫌な響きの言葉だった。

 こんなに小さい子が、なぜ理不尽な力に潰されないといけないのか。


「アンズ違う」


 なんて声をかければアンズは安心してくれるだろう。

 頼むから、そんな悲しい顔をしないでくれよ。


「私が逃げなければ」


「アンズ違うよ」


「違くない! 逃げなければみんながこんなことにならなかった」


「違う!」


 思わず声を張り上げた。

 アンズの肩が跳ね上がって、はっとした。


「……ごめんな」


 アンズの目の前にしゃがんだ。目線が同じ高さになる。


「でも、でも私のせいで」


「アンズのせいじゃない」


 アンズを肯定してあげるために、今必要なこと。


「アンズのせいじゃない。全部アンズを捕まえようとする奴らのせいなんだ」


「でもみんな捕まっちゃった」


「兄ちゃんがみーんな助けるよ」


 それは簡単じゃないけれど、それでも俺はやってやる。

 俺は無理やり笑顔を作ったのだった。



 





 

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